東日本大震災前日に渡米 デジタルデザインを変革グッドパッチ社長 土屋尚史氏(上)

天国から舞い降りてきた創業資金

東京での生活が始まると、体調は徐々に改善していった。仕事を再開できるまでになり、マーケティング支援のITベンチャー「フィードフォース」に入社した。求人サイトでたまたま見つけた会社だったが、土屋氏は同社での経験がグッドパッチの創業に大きな影響を与えたと振り返る。

「最新のテクノロジーで顧客のビジネスを前進させるという領域に大きなやりがいと可能性を感じました。エンジニアを大切にする姿勢にも衝撃を受けました。当時、世間ではシステムエンジニアは長時間労働が当たり前。でも、この会社では午後7時にはエンジニアの全員が帰宅していました。僕も将来はそういうエンジニアをリスペクトする会社をつくりたいなと思いました」

仕事は順調だった。しかし、20代の土屋氏の人生は思い通りにいかないことの連続だ。今度は義母が倒れた。再び大阪に戻らざるを得なくなり、ウェブデザイン会社に転職。ウェブディレクターとして働きながら、デジタルハリウッド大学大学院に通い始めた。当時は27歳。起業のネタと、手を組む仲間を見つけるための大学院通いだったが、さしたるアイデアも思い浮かばないまま、30歳が近づき、焦りを感じ始めていた。

上場日に社内セレモニーで鐘を鳴らす土屋氏

そんなある日、郵便局から「500万円の10年定期預金が満期になった」という知らせを受け取る。そんな口座を開いた覚えは全くなかった。

「よくよく調べてみると、亡くなった祖母が、僕が17歳の時に僕名義で預けてくれていた預金でした。これはもう神がかっていると感じました。天国からばあちゃんが『やるなら今だよ』と言ってくれているんだと思いました」

このころに参加した講演会で、ディー・エヌ・エー(DeNA)の創業者、南場智子氏の話を聞いたことも土屋氏の背中を押した。南場氏はシリコンバレーのベンチャーを「多国籍軍」に例えた。「日本人だけで固まっている、日本のベンチャーと違い、かの地では様々な人種が入り交じり、最初からグローバルマーケットを狙っている。これから起業するなら、多国籍軍を作りなさい」と、南場氏は聴衆を鼓舞した。

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