東日本大震災前日に渡米 デジタルデザインを変革グッドパッチ社長 土屋尚史氏(上)

グッドパッチの土屋尚史社長はデジタルデザインの大切さに早くから着目していた
グッドパッチの土屋尚史社長はデジタルデザインの大切さに早くから着目していた

ウェブサイトやスマートフォンアプリのデザインはユーザーの数、ひいてはビジネスの成否にも直結する。日本でその重要性にいち早く注目したのがデザイン会社のグッドパッチだ。6月30日にはデジタル専門のデザイン会社としては初めて、東証マザーズに上場を果たした。社長の土屋尚史氏は、まるでテレビドラマのような起伏に富んだ20代を経験してデザインと出合い、起業、上場に至った。

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「こんなことってあるのか!」――。関西大学社会学部を休学中だった、21歳の土屋氏は、医師からの告知にぼうぜんとした。

ほんの少し前、病に侵された恋人と主人公との純愛を描いた映画を見たばかりだった。若くして命に関わる病気にかかるのは、劇中の絵空事のはずだった。まさか自分の身に降りかかってくるなんて、その時は思いもよらなかった。

ハンドボールの部活動に明け暮れた高校時代の成績は下から数えたほうが早かった。半年の猛勉強で大学には受かったものの、早々にやる気を失い、カラオケ店のアルバイトに精を出していた。「このままもうカラオケ店に就職しよう」。そんな人生設計が病の告知を境に暗転した。土屋氏の起業の原点にあるのは、この大病の体験だ。

「いつまで生きられるかわからないので、とにかく『自分が生きた痕跡を残したい』と思ったんです」

幸いなことに薬が効果を発揮して、どうにか病の進行を抑えることができた。大学に復学し、授業で選んだのは「起業論」。ソフトバンクの孫正義氏が起業後の26歳で肝炎を患い、闘病していたと知った。楽天の三木谷浩史氏は阪神大震災で身近な人を亡くし、「人生は短い」と感じて、大手銀行の職を捨て、起業していた。自分も30歳までに起業する。そう心に決めた。

卒業までにかかる時間さえ惜しくて、復学から半年で大学を中退、就職した。何のスキルもない23歳には「未経験可の営業職」以外に選択の余地はなかった。採用してくれたのは、大阪府内の小さなIT(情報技術)関連企業だった。仕事のイロハを覚え、ようやく人生が前に進み出した。ところが、その矢先に再び病気が悪化する。治療を受けるために東京都内の病院へ通わなくてはならなくなった。

「付き合っていた彼女に『どうする?』と尋ねたら、『一緒に行きたい』と言われたんです。当時、彼女はまだ20歳。僕は無職。しかも、命がこの先、いつまであるかもわからない。それなのに一緒に行くという意思決定は何なんだと驚きましたが、そう言われて僕も覚悟を決めました。じゃあ、結婚しようとなりました」

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