社会行動を取る個体が生存し、子孫を残すことで、霊長類は徐々に社会的な動物へと進化してきた。現生のヒトにも、そうした社会行動の多くが残っている。
毛づくろいを例に挙げよう。ダンバー氏が「時間コストの高い」行動と呼んでいるように、霊長類は1日に何時間も毛づくろいし合う。毛づくろいに時間を費やすことは、その個体が集団に投資していることを示すことになり、絆を強めたり社会的順位を保ったりするメリットがある。
絆が強ければ強いほど、個体の生存の可能性は高まる。例えばチンパンジーは、普段から毛づくろいをし合う相手と食物を分け合う傾向がある。こうした行動は、心地良さを感じさせるメカニズムによって強化されてきた。毛づくろいによって、痛みの軽減、リラックス効果、多幸感をもたらす神経伝達物質のエンドルフィンが放出されるのだ。
ヒトには、特定のゆっくりとしたスピードで軽くなでられることに反応する「C触覚線維」というものが備わっている。母親が子供の髪の毛を触るようなちょっとした行動は、祖先たちの毛づくろいの痕跡をとどめている。
「もちろん私たちには、毛づくろいをするほどたくさんの毛はありません」とダンバー氏は説明する。「そこで、同様の効果を生むために、なでたり抱き締めたりする行動を進化させたのです」
祖先たちの脳が大きくなるとともに、集団のサイズも大きくなって社会が進化した。しかし、もはや全ての個体同士が毛づくろいをし合うような時間はなくなった。そこで、エンドルフィンを放出させる新しい社会行動を作り出すことで、より大きな集団が結束できるようになった。ダンバー氏の研究によれば、そうした行動には、笑い、歌、踊り、会食、そしてもっと新しい時代では宗教的儀式や一緒に酒を飲むことなどが含まれる。
社会行動によって放出される脳内麻薬物質のエンドルフィンは、モルヒネに似た作用を示すため、依存症を引き起こす可能性がある。私たちが友人と談笑しながら食事をすることを楽しむのは、こうした脳内の報酬系が活性化され、何度も繰り返したくなるからだ。しかし、報酬系はエンドルフィンだけで動いているわけではない。
「エンドルフィンを放出させるものはなんであれ、ドーパミンも放出させるんです」とダンバー氏は言う。ドーパミンは動機付けや運動制御をはじめ、多くの神経機能に関わっている。「ドーパミンには興奮作用があり、一定のレベルになると依存症になる可能性があります」。つまり、パンデミックという脅威があるにもかかわらず人に会いに出かける人々は、社会行動から得られる心理的および神経化学的な報酬の中毒になっているのかもしれないのだ。
シェアすることはケアすること
一方で、ヒトには資源や経験を分かち合いたいという基本的な欲求がある。「まだ言葉を話せない幼い子どもでも、木に止まっている鳥を指差して、そちらに目を向けさせようとします。私たちは経験を共有せずにはいられないのです」と、米デューク大学の教授で進化心理学者のマイケル・トマセロ氏は言う。