累計12万セット 捨てる野菜から「おやさいクレヨン」
「おやさいクレヨン」は、米ぬかから採れた米油とライスワックスをベースに、野菜や果物を混ぜ込んだクレヨンだ。2014年に第1弾を発売して以来、季節ごとに内容色の異なるセットをリリース。シリーズ累計約12万セットを出荷した大ヒットシリーズとなった。子育て世代、祖父母世代から支持されている。
「おやさいクレヨン」を企画、販売するのはデザイン会社mizuiro(青森市)。地域の資源や未利用資源を活用する方法を考え、再利用を目的とした商品企画・デザインを手掛けている。おやさいクレヨンの発色は、石油を原料にした一般的なクレヨンに比べるとややくすんでいるが、それが自然素材ならではのナチュラルな魅力につながっている。
おやさいクレヨンの原料となる野菜や果物、お米には、できる限り「食べられるのに規格外で廃棄されるもの」「出荷時にカットされる部分」を使用している。色によってはほのかに野菜の香りがして、ざらざらとした書き心地をしている。クレヨンの色の名前も、「りんご」「カシス」「ゆきにんじん」など、原料となった野菜や果物の名前を付けた。
公式サイトのオンラインショップの他、全国の文具・雑貨店等で購入できる。
日本を含めた先進国では、まだ食べられるのに廃棄される食品、いわゆる「食品ロス」の問題が深刻だ。例えば、農林水産省および環境省によると、日本では年間2550万トンの食品廃棄物等が出ており(2017年度推計値)、このうち食品ロスは約612万トン(同)あるとされている。
mizuiroのある青森県は、年間約11万トンの野菜を収穫している全国有数の農業県でもある。おやさいクレヨンでは、地元・青森の廃棄野菜を使用しながら、こうした問題にもアプローチしている。その取り組みはSDGs(持続可能な開発計画)にも合致したものだ。
クレヨンに自然の色を入れる苦労
mizuiroの代表取締役でありデザイナーの木村尚子氏が、おやさいクレヨンのアイデアを思い付いたのは12年の冬。植物の「藍」を用いた染め物「藍染め」の展覧会を訪れたのがきっかけだった。
「藍染め展を見ているうちに、『絵を描くための道具にも、自然由来の色を落とし込んだら面白いのでは』とひらめいた。自分には小さい子供がいて、親子で一緒に絵を描くことも多かった。そこで、子供にとって最も身近なお絵描きの道具であるクレヨンと、野菜などを掛け合わせることを思い付いた」(木村氏)
ターゲットは、20~30代の子育て世代。「自分の子供に使わせたい」と思えるような安心・安全なクレヨンを目指した。
しかし、道具であるクレヨンに、まだ食べられる野菜や果物を使用することには抵抗感もあった。そこで思い付いたのが、原料となる野菜や果物を廃棄物に限定することだった。
早速、青森県のある自治体を訪れ、野菜の生産から加工までを一貫して手掛ける地元の食品加工会社を紹介してもらった。その会社を見学した際、加工時に残渣(ざんさ)が出ることを知った。こうした"もったいない野菜や果物"を再利用すれば、人と地球に優しい、サステナブルなクレヨンを作ることができると考えたのだという。
クレヨンの作り方自体は、インターネットや書籍で比較的簡単に調べることができた。しかし、実際に野菜を使ってクレヨンを試作してみると、さまざまな苦労があった。
「野菜や果物の種類によって、クレヨンに向いているものと、そうでないものがあることも分かった。例えば、キャベツやホウレン草、小松菜などの葉菜類は、クレヨンにしたときに鮮やかできれいな発色になる。その一方で、りんごやカシスなど、水分量が多く糖度の高いものは、パウダーにしにくく、クレヨンにしたときに"だま"ができてしまった。しかし、青森県はりんごやカシスの最大の産地でもあるため、どうしてもラインアップに加えたかった」(木村氏)
そこで思い付いたのが、りんごの「皮」だけを原料にすることだった。りんごチップスの加工時に排出される皮を集め、乾燥させてから粉砕した。そのパウダーをクレヨンに練り込むことで、だまの少ないきれいなクレヨンを作ることができた。カシスでも、ジュースなどに加工するときに出る皮を乾燥・粉砕したものを買い取り、配合した。カシスは他の色に比べてやや着色しにくい印象もあるが、自然な色合いを再現することができた。
13年7月に開発をスタートし、完成したのは14年2月だった。14年3月に発売した後も、さまざまな試作・改良を重ねていったという。
多くの企業、親世代が共感
完成後は、「東京インターナショナル・ギフト・ショー」の「アクティブクリエイターズ」に出展。おやさいクレヨンのブースには想像以上に多くのバイヤー、メディアが訪れ、計100枚用意した名刺とパンフレットは1日ももたずなくなってしまった。開催2日目には全国ネットのニュース番組で取り上げられ、知名度が一気に上がった。おやさいクレヨンのブースには、3日間で約1500人の来場があったという。
おやさいクレヨンの考え方に共感し、コラボレーションしたいと言ってくれる企業も多いという。
例えば、「バーモントカレー」で知られるハウス食品グループは、mizuiroとコラボし、カレーなどに使われるスパイスを原料にしたクレヨン「彩るスパイス時間CRAYONS」をクラウドファンディングを通じて制作予定だ。原料となるスパイスには、製造工程で出てしまう規格外のものを使用する。クラウドファンディングは目標金額20万円のところ、400万円以上もの金額を集めて20年5月26日に終了した。完成品は、20年7月末までに支援者に届ける予定だという。
当初のターゲットだった20~30代の子育て世代にも好評だった。意外だったのは、親世代の他にも、多くの祖父母世代が手に取ってくれたこと。メディアなどでおやさいクレヨンの存在を知り、「安心・安全なクレヨンを孫にプレゼントしたい」と考えた祖父母が多かったのだ。また、友人の子供の入学祝い・誕生日祝いなど、特別なプレゼントとして購入する人も多かった。
おやさいクレヨンをもらった子供たちは、まずクレヨンの香りを胸いっぱいに吸い込むことが多いという。親子で一緒にお絵描きをしながら、クレヨンのエピソードを説明してあげることで、廃棄野菜の存在や、それを有効活用する方法があることも伝えられる。楽しいお絵描きの時間が、子供たちの意識を、ひいては未来を変えるきっかけになるかもしれない。
(ライター 近藤彩音、写真提供 mizuiro)
[日経クロストレンド 2020年6月29日の記事を再構成]
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