ドライブインシアター 3密防止・屋外の特別感で脚光
かつて人気だったドライブインシアターが、コロナ禍の中で再び盛り上がりを見せている。6月、東京タワー下で開催したシアターはチケットが3分で売り切れた。「車」という閉鎖空間で、ソーシャルディスタンスを保ちながら映画を鑑賞できるだけでなく、映画館とはひと味違う体験を得られる。
ドライブインシアターは、駐車場などに巨大な野外スクリーンを設置し、車の中から映画を鑑賞するという施設。1950~60年代に米国でブームになり、日本でも90年代に人気が高まった。一時期は全国に20カ所以上のドライブインシアターが存在したというが、豪華施設を誇るシネマコンプレックスの普及などにより客足が遠のき、衰退したという。
そのドライブインシアターが、コロナ禍の中で再び盛り上がりを見せている。中でも目立つのが、事業プロデュース会社ハッチ(東京・目黒)のシアタープロデュースチーム「Do it Theater(ドゥイット・シアター)」が手掛ける「ドライブインシアター 2020」だ。「今こそ、ドライブインシアターをつくろう。」という趣旨で、全国各地でドライブインシアターを興行するという企画だ。
6月20日には東京タワーの下で、ドライブインシアターイベント「Do it Theater presents ドライブインシアター2020 東京タワー」を実施し、車40台(約100人)の観衆を集めた。チケットはわずか3分で売り切れたという。これに続き、第2弾を7月17日から19日に神奈川・大磯ロングビーチで開催した。さらに第3弾として大阪・万博記念公園で開催する計画だ。
ドライブインシアターを継続的に運営していくため、クラウドファンディングで支援者も集めている。1000円から50万円のプランがあり、金額に応じてサンキューメッセージやオリジナルグッズなどのリターンを用意している。4月上旬にステートメントを発信して以来、5月末までに約200件の問い合わせがあったという。7月13日時点で支援額は目標の250万円を超え、500万円に達している。
同チームが初めてドライブインシアターを手掛けたのは、14年の秋。「ドライブインシアター浜松」というイベント名で、浜松市の遊園地の駐車場で開催した。以来、定期的にドライブインシアターを興行している。これまでに8回開催した実績を持つ。自動車系企業が、若者の自動車離れ対策の一環として賛同し、スポンサーになってくれたこともある。
「映画で見たドライブインシアターに憧れて、自分たちでそれを再現したいと思った。当初は、他にドライブインシアターを手掛けている企業はなかったと思う。それが今、こんなにも注目されていることに驚いている」(ハッチのシアタープロデュース事業部・Do it Theater代表の伊藤大地氏)
同チームがクラウドファンディングにこだわるのは、資金調達がしたいというだけの理由ではない。そこには、「ユーザーと一緒につくる体験」を共有したいという思いがある。
「クラウドファンディング自体は、ドライブインシアター浜松などでも実施していた。その経験を踏まえて、クラウドファンディングなら、『皆で一緒にイベントをつくる』という一体感や楽しさを届けられると思った。イベントができるまでの様子をリアルタイムで見せることができるし、お客の声もくみ取りやすい」(伊藤氏)
新型コロナウイルス感染症の影響で生活が変わり、気落ちしたり、楽しみがなくなってしまったりという人も多い。そんな中、何かを生み出す、つくり上げるという体験は、それだけで大きな力になる。クラウドファンディング自体が、イベントを盛り上げる1つの要素になっている。
同チームの思いに共感し、さまざまな人がクラウドファンディングに参加してくれた。支援者の年齢は、20~50代と幅広かった。「懐かしい」という人もいれば、伊藤氏のように「映画で見た憧れの空間」という人もいた。映画好きはもちろん、車好き、野外フェス好きの人たちが集まった。
ファンからの期待も大きい。4月上旬に「ドライブインシアターでどんな映画が観たい?」という内容のWebアンケートを約2日間実施したところ、650件(275作品)のリクエストが届いた。東京タワーのイベントでは、リクエストでも人気だった米映画『スパイダーマン:スパイダーバース』を上映した。
感染症拡大対策としてのルールを策定
車に乗って安全に、不特定多数との接触を防ぎながら映画を鑑賞できるドライブインシアター。しかし、実際のイベント開催にはさまざまな不安もあった。Do it Theaterは感染症に詳しい医師と契約し、マニュアル構築やスタッフ研修など実施した。スタッフは事前に計3日間のオンライン研修を受講し、感染予防対策のガイドラインを学んだ。研修では、医師に自由に質問できる場も設けた。
同時に、医師と協力し、楽しみながら感染予防を啓発できる「感染予防しながら楽しむためのニュールール」を策定した。「マスクを着ける」などの基本事項に加え、「車の窓を定期的に開ける」など、ドライブインシアターならではのルールもある。「チケットはQRコードで読み取る」「スタッフとの連絡はスマホアプリを通す」など、人と人との接触を最小限にする工夫もした。
映画館とドライブインシアターの最も大きな違いは、ドライブインシアターでは行き帰りの「ドライブ(移動)」もイベントの一部だということだ。車内では映画のサウンドトラックを流してもいいし、同行者と一緒に映画を語ってもいい。ピクニックセットを用意したり、お気に入りの飲食店からのテークアウトを持参したりするのもいいだろう。
鑑賞中は、周囲を気にせず感想を言い合えるし、子供が騒いでも気兼ねせずに済む。映画館で作品に「没入」するスタイルの鑑賞とは、また違った体験ができる。行き帰りのドライブや、映画を見ながら話したことが、大切な思い出の1つになる。
もともと、Do it Theaterが企画するイベントでは、こうした特別な体験を大切にしていた。例えば、新型コロナ以前に企画したイベントでは、会場に屋台を設置し、食事を提供することもあった。そこでは、地域のお店に地元の食を提供してもらうこともあれば、映画に出てくる食事を再現して提供することもあった。
米映画の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を上映したイベントでは、作中に登場するハンバーガーを再現して提供し、ファンを喜ばせた。こうした仕掛けによって、「記憶に残る体験」をつくっている。
Do it Theaterでは、今後もさまざまなイベントを企画している。今考えているのは、オンライン上でもイベントを楽しめるような企画だという。
「これまでに手掛けてきたイベントは、リアル体験を楽しむものがメインだった。これからは、オンラインでイベント体験ができるようなシステムとのコラボレーションも考えている。実際にイベントに来られなかった人も、現場の雰囲気を味わいながらコンテンツを楽しめるイメージだ。同時に、オフラインとオンラインの価値の違いも打ち出していきたい。フィジカル面も含め、リアル体験は創出コストが高いんだと実感してもらえればいいと思う」(伊藤氏)
(文 近藤彩音、写真 宇田川俊之、画像提供 Do it Theater)
[日経クロストレンド 2020年7月1日の記事を再構成]
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