冷やしグルメはなぜウマい 唐揚げ・おでん・焼きいも
昨今の「おうち時間」の増加に伴い、ちょっと変わったお取り寄せとして冷やしグルメを楽しむ人が増えている。冷やしメニューとしては冷やし中華や冷製パスタなどが定番であるが、本来アツアツがおいしいと思われてきた意外なメニューにまで「冷やし」バージョンは広がっている。今回は、「鶏の唐揚げ」や「焼きいも」「おでん」など、今注目の人気冷やしグルメを紹介する。
鶏の唐揚げといえば、揚げたてアツアツをほお張ると、軟らかい肉からジューシーな肉汁が口の中に広がる……、そんなイメージではないだろうか。ところが、凍ったまま、あるいは自然解凍して冷たいまま食べるカリカリ食感の鶏の唐揚げが福岡グルメとして今、話題になっている。
「マスコミに採り上げられて、ここ数年で有名になりましたが、これを販売し始めたのは1981年。約40年前から作っているんですよ」と語るのは、冷やして食べる鶏の唐揚げ「努努鶏(ゆめゆめどり)」を製造販売する鳥一番フードサービス(福岡市)社長の浜部義隆さん。
「弊社は鶏専門店として50年以上の歴史があり、最初はスーパーやデパ地下などで焼き鶏や唐揚げを売っていました。でも、同じフロアには違うお店が同じような見た目で同じような値段の唐揚げを売っていて、どうしても競争になってしまう。競争にならず、鶏専門店としてブランドを確立するにはどうしたらいいか。そのためにはよその店と真逆のことをやろうと考えたのです」
通常、鶏の唐揚げを作るときには、鶏肉に下味をつけ、160度の油で3~4分揚げる。こうすることで、アツアツで軟らかくジューシーな唐揚げになる。
「うちでは下味をつけずに190度の高温で20分以上揚げてから、スパイス入りの甘辛タレをまぶします。その後、マイナス25度の大型冷凍庫で30分以上急速冷凍します。タレは冷凍庫に入れても凍らない特別なものを使っています」
こうして一般的な唐揚げとは正反対の、アツアツではなくヒンヤリ、やわらかくジューシーではなくサクサクカリカリのから揚げができあがる。温度や食感だけではなく、用途も普通の唐揚げとはまったく異なるという。
「普通の唐揚げは食卓のメインのおかずになりますが、『努努鶏』はビールのおつまみとして、また、手みやげとして買われていく方が圧倒的に多いです。『電子レンジで温めてはいけない』『冷たいまま食べる』など、差し上げるときに説明が必要なので、そこで話が盛り上がるようです」
最適のコミュニケーションツールとしてお土産をもらった側が今度はあげる側に。「最初の3年間はまったく売れなかった」という冷やし唐揚げはこうして徐々に知られていった。福岡空港の売店やオンラインショップなどで手に入る。
「おでん」といえば肌寒くなると食べたくなるものの代表格。ところが、近年では夏の「冷やしおでん」が人気を博している。おでん専門店で夏限定メニューとして提供されたり、インターネットの料理レシピ共有サイトで作り方がシェアされていたりする。神奈川県小田原市のカマボコ製造販売の老舗、鈴廣蒲鉾本店では2002年から夏季限定で販売しているという。
「おでんといえば寒い冬に食べるアツアツの料理という既成概念を破り、『本来熱いものを冷やして食べる』という逆転の発想から生まれました。最初は『どうやって食べるの?』と戸惑う方もいらっしゃいましたが、『さっぱりしておいしい』『どのような味か気になって食べたらおいしかったので知人に贈ります』などのお声をいただいています」と企画開発部広報課の酒井早佑子さん。
冷やしおでんといっても、温かくして食べるおでんをそのまま冷やしただけではない。具もだしも見た目もひと味違う、まるで料亭で出てきそうな涼しげな一品である。
「さわやかなゆずが香る『鯛だし』、隠し味のショウガを効かせた煮干しだしのコク深いうま味の『コクうま煮干し醤油』、2種類のおだしをゼリー状にすることで透明感を演出、さらにエダマメ、ギンナンなど涼しさや華やかさを添える具材を加えました」
具はそのほかに「焼き」「揚げ」「蒸し」の3種類のかまぼこにエビやウズラの卵など。冷蔵庫でほどよく冷やしてから食べる。ゼリーは硬すぎないちょうどいい軟らかさで、口に入った瞬間にすっと溶け、だしのうま味が広がるのがポイントだ。毎年、前年比1.5倍ほどの売り上げで推移しているとのことで、その人気ぶりがうかがえる。
コンビニの袋入りおでんも、パッケージに「冷やしてもおいしく召し上がれます」と書いてあり、「夏におでん」は一般的になりつつあるようだ。
焼きいもも冷凍するとウマいとここ数年、SNS(交流サイト)で話題になっている。その声を受けてか、コンビニでも「冷やし焼きいも」が販売されるほど。凍ったまま食べると「サツマイモアイス」、解凍して冷たいまま食べると「スイートポテト」や「いもようかん」のような新感覚が味わえる。
ただ、どんなサツマイモでも冷やせばおいしいわけではない。その品種は限られており、その筆頭が「紅はるか」。SNSでシェアされる冷やし焼きいもレシピには必ず「紅はるかなどのネットリ系のさつまいもを用意します」と書かれている。コンビニの冷やし焼きいもにも用いられている。なぜ紅はるかは冷やしてもおいしいのか。
「紅はるかの冷凍・冷蔵焼きいもは、もともとおいしいサツマイモを収穫した後にキュアリング保存し、でんぷん質を糖質に代えることでさらに糖度を増します。その糖度は40度を越えるものもあります」とは、紅はるかの主要生産地の一つで、生食用サツマイモの出荷量が全国第1位の茨城県の農産物販売推進東京本部の本部長・川田和弘さん。
キュアリング保存とは、定温・定湿度状態で貯蔵すること。こうすることでいわゆる「熟成」が進むのだとか。
「一般的に食べ物や飲み物を冷やすと、その甘みは弱く感じられます。『おいしい=甘い』と考えれば、紅はるかはたとえ冷やして食べてもじゅうぶんな糖度があるのでおいしいのです」
ちなみにバナナの糖度は20~21度。紅はるかがいかに甘いかがうかがえる。また、冷やしておいしいのは、糖度だけでなく「食感」も関係があるだろう。ホクホクの食感のサツマイモと違い、紅はるかはネットリしていて、冷めたくなってもパサパサしない。
「昔はホクホク食感の『紅あずま』という品種が全国的に生食用の品種として使われていました。これに変化が起きたのは『紅まさり』という品種が登場したのがキッカケです。この品種はホクホク系でなくネットリ系の品種。このネットリ感が消費者ニーズにマッチしたのでしょう。そして、紅まさりを追いかけるように、同じネットリ系でさらに黄色が鮮やかな紅はるかが登場し、大ブレークして現在に至っています」
冷やし焼きいもブームの背景にはこうした新しい品種の登場が大きく影響しているようだ。
「冷やしグルメ」はほかにもまだある。
「楽天市場では、暑い季節に冷やして食べることでいつもと違った味わいを楽しめるグルメやスイーツがあります。たとえば、焼き鳥、ギョーザ、ラーメン、ひつまぶし、バームクーヘン、たい焼きなどです」と楽天市場マーケティング部お中元・夏ギフト担当の雨宮愛さん。
「近年、冷やしグルメ・スイーツは新感覚な食感、新発見な食べ方などサプライズ感の高いものとして注目されています。最近では、自宅で過ごす時間が増えていることも受け、お取り寄せグルメやスイーツの需要が高まっています」(雨宮さん)
これから食欲の落ちる季節、冷やしグルメで新感覚のおいしさを楽しみながら、夏を元気に乗り切っていこう。
(ライター 柏木珠希)
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