社長はサル山のボス 社員の家族の人生にも責任を持つほぼ日 糸井重里社長(上)

「僕らは、何かがあった人たちの声を集められる場所にいるんだ、そんなに大事にしてくれていたものを『送ります』と言えるんだ、というのがうれしかった。会社ってここまでやるものじゃないかなと僕も社員も思えたし、その後の会社の姿勢がここでできたと思うんですよね」

なりたくない人でも、リーダーになれる

――ほぼ日は広告を載せないメディアですね。

「僕は広告業界出身なので、広告を出すと広告主に気を使うことが増えるだろうなと考えたんです。小さいお金で威張られるより、自分で新しい事業を考えた方がビジネスも大きくできるし、楽しくやれる、というくらいのことです。単なる広告とは違う取り組み方をすればいいんです。大会社ともウチは案外対等にやれるんです。小さなチームも大きなチームも、試合をするときは同じですから」

――リーダーの在り方を考えるようになったきっかけはありますか。

「学生時代の学生運動でしょうね。リーダーって嫌だなと思ったんですよ。生半可な知識をもとに、人に『誰それを殴ってこい』って言えるような役割だと感じました」

「例えば、僕は授業中のほかのクラスにドヤドヤと入っていって、『何々の問題についてクラス討論をやるべきだ』って言ってました。自分がいいことをしていると思っていましたから、そういう役割ができちゃたんです。えてして人はそういう間違え方をする、と今でも心に残っています。19歳で学生運動はやめましたが、71歳になったいまもずっと考えています。歎異抄に『さるべき業縁の催せば、いかなる振る舞いもすべし』という親鸞の言葉があります。『縁さえあれば、どんな恐ろしいことでも、自分もやるだろう』という意味だといいます。そういう客観的な視点が必要なのです。リーダーがいけと言ったら、突っ込んでいく人がいるんだと」

若いころの写真はほとんどない。「学生運動で『アルバム持ってきて焼け』と言われて。ところが僕以外は誰もやらなかったんです」

「僕自身は小学校のとき、布団の中で『いずれ自分も就職して、会社勤めしてさんざん怒られ続けるんだ』と泣いたことがあります。でも、実際には会社勤めもいい加減に始めたし、仕事はとても楽しかったんです。何なんだこれは、と思いましたね。だから僕は『リーダーなんかなりたくないって人でも、リーダーはできるよ』と思っています」

「自分が社長になって、よその社長に会ってみると、いい人が多いんですよ。やっぱり相当苦労していますよね。責任を持ってトップをやっている人は、癖はあっても、この人が我慢してやってくれているおかげで、会社が回っているのだろうと思うことが多々あります。僕の目指すリーダー像は年相応の、穏やかでいい加減なものかもしれない。『糸井さんがもっといい加減にした方が会社が回るよ』と社員から言われるようになりたいですね」

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糸井重里
1948年群馬県生まれ。法政大学文学部中退、コピーライターとして「おいしい生活。」など有名なコピーを多数生み出したほか、作詞や文筆など多彩に活躍。98年サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げ、「ほぼ日手帳」などヒット商品を生む。2002年に個人事務所を株式会社化し、16年に「ほぼ日」に社名変更、17年ジャスダック上場。

(笠原昌人)

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