社長はサル山のボス 社員の家族の人生にも責任を持つほぼ日 糸井重里社長(上)

「群れの僕と、僕としての僕という2つの立場から考えているのです。眠くなったから寝る、投げ出したいと思ったから投げ出す、とはいかない。僕の中の子どもっぽい部分と、実は戦ったんでしょうね、きっと。知らず知らずに大人になったんだと思います」

――リーダーとしての成功体験はありますか。

「正直いって、まだ味わってないです。でも、危機に陥るのを未然に防ぐことができたという経験はあります。東日本大震災のときです。地震は確か金曜日。土日をかけて、個人としてどう動くか、会社をどうするかを同時に考えました。月曜日に会社の皆を集めて、2つのことをしゃべりました。『まずは自分たちなりに安心できること』『自分たちのことだけ考えないで生きていくこと』です。そして2年間は必ず給料を支払うと約束したんです」

コピーライターだけでなく、作詞やゲーム制作、テレビ出演など幅広く活躍した(1980年代半ばの糸井重里さん)

「普段はあまりホラを吹かないようにしているんですけど、真面目に終わるのもウチらしくない。だから『あいつらは震災でひともうけした、と悪口を言われたい』と話しました。何をやっても悪口を言われるに決まってます。だから、覚悟しておくんです。寄付したり、震災に関わる支援活動も全力でやったりしたけど、実際に一生懸命働いたものだから、売り上げが伸びたんです。本当に自分たちは会社になった、チームの生き方が決まった、という気がしましたね。自分たちがやれること、やって喜ばれることを真剣に探すということを、イノベーションという言葉を使わずに考えたのは初めてでした」

――具体的に何をしたのですか。

「被災した人たちと自分たちの違いは、運でしかないと思ったんです。なので、自分たちの仕事に被害に遭った人たちの手助けを組み込まなければいけない。11年秋に宮城県気仙沼市に事務所をつくりました。地元の人に『年が明ければ、今来てくれている人たちはいなくなっちゃう』って言われて、それがつらかったからです。それが本当の第一歩ですね。寄付だの何だのと言う以上に、やるぞというのが見えていないといけないと分かったんです」

思っていることを一生懸命に伝える

「もう一つ決めたのが、ほぼ日のサイトで、思っていることを一生懸命に伝えて、少しでもみんなの不安を減らそうということです。ほぼ日は手帳を販売していますが、5月になって『使っていた手帳が流されたのがすごく残念だ』と被災地の人からメールが来ました。流されたアルバムを拾って、きれいに洗うボランティアがありましたよね。確かに手帳にも思い出が詰まっています。そこで、震災で被害に遭った人への手帳の無償提供を決めました。サイトで呼びかけたら1000件を超える申し込みがありました。なかには『東京在住だけど、娘の手を引いて必死で逃げたのでバッグごとなくした』という人もいましたが、当然『いいですよ』と」

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