「寄り添う音」にニーズ 広がるスローサウンドエムズシステム社長 三浦光仁氏(下)

「音は世に連れ」 聞き手のマインドに変化

スピーカーが後回しにされてきたのは、パソコンも同じだ。動画番組の視聴に使われる機会も増えた。ゲームで使う場合は長時間にわたることもあるが、ヘッドホン着用は難聴を引き起こす心配がある。電話の着信や緊急地震速報のアラート音に気づかないといった問題もあり、「小型スピーカーのニーズは大きい」とみる。かつてはAV(オーディオビジュアル)機器と呼ばれ、音声と映像は対等の立場だった。「近ごろはビジュアルの迫力ばかりが重視されて、オーディオの存在感が薄れていたのをどうにかしたかった」(三浦氏)

「演奏家のいない演奏会」ではスピーカーが主役(帝国ホテル)

有名なホテルやレストランに導入されているおかげで、法人向けの印象もあるが、実際には販売台数のうち、8割は個人向けで、法人は2割。近年は大口の法人注文があって、「7対3ぐらいになりつつある」という。大がかりな広告を打たないエムズはほとんど口コミで知名度を高めてきた。サントリーホールや帝国ホテルで試聴イベント「演奏家のいない演奏会」を繰り返し開いて、地道にファンを増やした。「試聴室に来てくださいという『待ち』の構えよりも、『とにかくこの音を聞いてほしい』という気持ちのほうが強く、コンサートの出前を始めた」。演奏会は既に400回を超えた。

幅広い世代が一緒に楽しめる音楽が減ったといわれて久しい。家の中でヘッドホンを着けたり、自室にこもって好きな音楽を聞いたりする聞き方は当たり前になった。だが、三浦氏は「音のシェア」も選択肢に加えてほしいという。やわらかい音に包まれれば、自然と「この曲、いいね」と、家族内で話題になる。クラシックもポップスも混在する環境は「音の多様性を通じて、互いを感じ合うような雰囲気を生む」と、スピーカーでつながる家族像を提案する。

リビングルームから鳴らした音が隣り合うキッチンにもしっかり届くから、調理の間も「音の孤独」を感じずに済む。家族の誰かが遊んでいるゲームの音も聞こえるから、興味を持ちやすい。ドアを閉めれば、音の拡散はさえぎられるので、聞きたくない場合は耳を遠ざけられる。「ヘッドホンが広げた、1人で聞く『孤聴』のカルチャーを見直して、家族や仲間と一緒に聞く『共聴』を広げたい」と、三浦氏はスピーカーに期待を託す。

「音は時代の空気を映す」と、三浦氏は考える。刺激的な音がぶつかってくるような音楽は1970~90年代に勢いを得た。音の特徴を生かすために、重低音を専門に再生するスーパーウーファーがもてはやされた。臨場感を高める効果を狙って、ステレオより多くのスピーカーを使うサラウンド方式も関心を集めた。とりわけ、映画は「迫力の時代」を迎え、映画館では音響システムが呼び物になった。

しかし、2010年代以降は「気持ちを整える働きが音楽に期待されるようになった」と、三浦氏はみる。購入者から寄せられたコメントにも「ナチュラル」「聴き疲れしない」「心地よい」などの感想が目立つ。音楽を聞くシーンにも変化が起きていて、「眠る前の時間帯に、気持ちを落ち着けるための音楽を聞く人が増えている」という。きつい音質のスピーカーはかえって興奮を引き起こしてしまいかねないが、エムズの場合は「そのまま眠り込んでしまう『寝落ち』にいざなう」(三浦氏)。

エムズの主力スピーカー「MS1001」シリーズは電子部品を除けば、主に木と紙から作られている。かつてアマゾン川の原生林保護に取り組んだ三浦氏にとって、素材もビジネスも「自然体」であることは意味が大きい。広告を派手に打つ「物量マーケティング」に頼らず、自身の「生声」でつづったメールマガジンでファンを増やし続ける取り組みは、自社製品の響きにも似てヒューマンなぬくもりを帯びる。

「音を再生するだけではなく、聞く人を幸せにしたい」と考える三浦氏の15年間は、スピーカーという装置のありようまでも「再生(リプロダクト)」しつつある。音を「刺激」として消費する時代を超えて、お気に入りの音と同居する「スローサウンド」は、もう耳に届き始めている。

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