「寄り添う音」にニーズ 広がるスローサウンドエムズシステム社長 三浦光仁氏(下)

昭和の「スペック至上主義」を超えて

昭和のオーディオブームでは、主なファンは男性だった。たくさんのカタログを取り寄せ、難しい顔で試聴を重ね、こだわりのコンポーネント(再生機材一式)を組み上げる。そんなマニアが市場を育てた。そうした成り行きもあってか、スペックや数値がありがたがられ、「スピーカーはもっと大きく、もっとパワフルにと、性能競争の様相を呈した。もっとやわらかくとか、もっと穏やかにという設計思想は育ちにくかった」(三浦氏)。

しかし、エムズの場合、購入者のほぼ半数は女性だ。「部屋で音楽を聞く女性は、必ずしも昔のオーディオマニアのように三角形のベストポジションに身をこわばらせてはいない。むしろ、席を固定せず、ソファやキッチンなど、いろいろなスポットで過ごしたがる。居場所を固定されず、どのポジションからも同じように聞こえるスピーカーは重宝がられている」という。

伸びやかで自然な響きがエムズ製スピーカーの持ち味だ。健康に配慮した献立で有名な「タニタ食堂」をはじめ、様々なエステティックサロンや美容室、病院などに導入されていることからも、雰囲気を損なわない、場になじむ音質がうかがえる。女性オーナーに好まれる理由も「1日ずっと聞いていられる、ストレスを感じにくい音である点が大きい」(三浦氏)。

パレスホテル東京(東京・千代田)のスイートルームにも採用された。プライバシーにこだわるスイートルーム客が求めるのは、主張しすぎない響きだ。やたらとボリュームを上げなくても、居室全体に届くのもエムズ製が選ばれる理由だ。「エアコンが空気の質を整えるような、音の空調というコンセプトに理解を示してくれるホテルやレストランが増えてきた」と、三浦氏は顔をほころばせる。

「機械に求める役割のイメージが近年、様変わりしつつある」と、三浦氏は感じるそうだ。高度経済成長期には直接的に数字で示せる「性能」が期待された。サイズやスピードがステータスシンボルになり、カタログとスペックが所有欲をあおった。しかし、「東日本大震災の後は、癒やしやリラックス感、落ち着きなどを重んじる意識が強まった。試聴に訪れる人も増えた」と、三浦氏は振り返る。

三浦氏が変化の一例に挙げるのが扇風機だ。かつての扇風機は同じ風量を機械的に送り出し続けたが、今ではf分の1ゆらぎのような、自然のリズムで風を生むタイプが人気を得ている。「機械的な刺激や無機質な動きに、居心地の悪さを感じる消費者が増えている。知覚とじかにつながる音楽はなおさら違和感を引き起こしやすい」と、三浦氏はみる。

エジソンが蓄音機を発表したのは、1877年の出来事で、140年以上も前だ。それ以降、スピーカーはおおむね「再現性」を高める方向で改良が進んだ。クリア、臨場感、めりはり、パワー、重低音などの要素が重視され、スピーカーは表現力を高めていった。だが、そういった進化は「基本的にはスピーカーを『耳に音を届ける道具』とみなし、聞く人に寄り添う存在とは位置づけてこなかった」(三浦氏)。

テレビ用スピーカーは2本に分けても、1本につなげても使える

聞く人のニーズが変化してきたのを受けて、「円筒1本形」以外のモデルにも力を入れつつある。たとえば、2016年に発売したテレビ用のスピーカー「MTVS」は2本に分割できる。テレビの近くに置くという設置条件を考慮した末、「1本ポリシー」を破った。テレビの裏側に隠れるように置いて、スペースを有効に使えるようにという工夫でもある。「テレビの音がよく聞こえないと嘆くお年寄りの声が動機になった」という。

テレビの音に不満を漏らす高齢者の声を手がかりに調べてみた三浦氏は、テレビ内蔵スピーカーの貧弱さに驚いた。一昔前のブラウン管時代よりもスピーカーはチープになっていたのだ。かさばりやすいブラウン管式テレビにはスペースの余裕があり、割と大きめのスピーカーを内蔵しやすかった。でも、「液晶が主流になって収める余裕が消えた。大画面化や解像度アップが進む裏側で、音は劣化していった」(三浦氏)。

有名ブランドのスピーカーを内蔵する液晶テレビもあるが、薄型化と価格面の競争が厳しくなり、スピーカーに割けるスペースは小さくなる傾向が続く。その一方でユーチューブに代表される、インターネット上の音楽動画を液晶テレビの大画面で見る機会が増えていて、スピーカーの役割も大きくなっている。「添え物的な間に合わせの内蔵スピーカーに、音質面で不満を抱く視聴者は増える傾向にある」とみた三浦氏はテレビ用スピーカーの開発を決めた。

テレビからの音声が聞き取りにくくなった高齢者の場合、ボリュームを必要以上に上げてしまうケースが多い。音量を上げると、視聴がストレスになったり、家族内でトラブルが起きたりしがちでもあった。三浦氏は「音を置き去りにしてきたテレビのせいで、視聴者が割を食うのはおかしい」と考え、音量を上げなくても聞き取りやすい聞こえ具合を目指した。接続の方法では高齢者に配慮して、テレビ本体のヘッドホン端子につなぐだけで済む方式を選んだ。

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