再ロックダウン? 感染急増の米国、第2波どう対応
米国では、最近になって30の州で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患する人が急増している。特にテキサス州ヒューストンではわずか2週間のうちに、1日の新規感染者数が300から1300に急増した。他の州も似た事態に直面している。
「被害が大きい地域の病院の集中治療室(ICU)や人工呼吸器のキャパシティーは、限界に達しつつあります」と、米アリゾナ大学准教授で感染症疫学者のパーニマ・マディバナン氏は言う。「今考えられる対策としては、少なくとも『ハームリダクション』から始めようということくらいです」
「ハームリダクション」(危害低減、harm reduction)とは、そもそもは薬物依存症における厳しい禁止措置の代わりに始まったもので、厳格な指導に全員を従わせるのではなく、実害を減らすことを目指す公衆衛生上のツールや習慣のことだ。例えば、感染症予防を目的とした、薬物使用者向けの注射針交換プログラムや、セックスワーカーへのコンドーム配布などがそれにあたる。
COVID-19の場合、人混みなどのリスクの高い場面ではマスクを着用するよう人々を促す一方で、公園など互いに安全な距離を保てる場所ではそうしたガイドラインを緩める、というものがある。ハームリダクションでは、個人の意思決定だけではなしえない成果が期待できる。すでにニュージーランド、韓国、ニューヨーク州など、いくつかの国や州でコロナウイルスの抑え込みに成果を上げている。
「6週間ほど前には、わたしたちはいつまでも家の中にいるか、それとも普段どおりに職場に戻るかという、誤った二者択一の間で立ち往生していました」と語るのは、米ハーバード大学医学部教授で疫学者のジュリア・マーカス氏だ。「リスクは二項対立的なものではありませんし、社会的な接触を控えるため、人々が永久に家の中にいるようには望めません」
ナショナル ジオグラフィックがコンタクトをとった疫学者、ウイルス学者、心理学者らもこれに同意している。ハームリダクションの考え方のもとに、より統一された計画の立案とその内容の周知を行えば、現在苦戦を強いられている各国政府は、おそらく再度のロックダウン(都市封鎖)を行うことなくCOVID-19に勝利できると述べている。専門家らによると、米国がCOVID-19の拡大を止められない主な要因は、ウイルスに対する人間の本質的な強みを生かしていないことだという。人間の本質的な強みとは、すなわちコミュニケーション、協力、歩み寄りだ。
「抑え込みに成功しているのは、政治と民間の意思が完全に一致している国々です」と語るのは、米コロンビア大学メールマン公衆衛生大学院の疫学者、ジェフリー・シャーマン氏だ。こうした専門家の中には、われわれがCOVID-19との闘いに破れたと考えている人間は1人もいない。ただし、政府のリーダー、メディア、科学者、一般市民は、考え方とメッセージの伝え方を変える必要がある。
流行が始まって以来、米国では主に二つの対策がとられてきた。一つは厳格な自宅待機命令による流行の緩和、そしてもう一つは、検査、自己隔離、接触追跡によるウイルス拡散の封じ込めだ。この二つの作戦はいわば、イケアの家具を組み立てるのに、チェーンソーと外科用メスのどちらを使うか選ぶようなものだ。意外な事実が次々に判明するCOVID-19に対応できる柔軟性に欠け、誤った情報による影響も受けやすい。
最近の感染者の急増は、50歳未満の成人が原因であると繰り返し言われてきた。しかし米国内の調査によると、COVID-19による若年成人の入院患者は、3月初旬以降、毎週全体の25パーセント程度で、この層が急速に膨れ上がっている事実はない。最近になって感染者数が急増している場所の一つであるテキサス州では、自宅待機命令が解除される5月1日以前、感染者中の若年成人の割合は50パーセントであり、それ以降の増加は3ポイントにとどまっている。
米国の労働力人口が若年化していることを考えれば、「若年成人が、感染率が最も高い年齢層であるのはある意味、当然と言えるでしょう」と、マディバナン氏は言う。「どんな感染症であれ、発生初期の感染は常に、若くて行動的な、社会的接触率の高い年齢層に集中します。彼らは必要不可欠な仕事をするエッセンシャルワーカーであり、労働者階級の人々であり、体を動かして仕事をしなければならない人たちです」
しかし同時に、公に出されるメッセージは、若年層ではCOVID-19の症状が出ることも、重症化することもほとんどないというものになりがちだ。だが、若年層ほど無症状になる傾向が高いという主張を裏付ける厳密な研究は、まだない。
2020年6月25日、米疾病対策センター(CDC)は、COVID-19の重症化リスクのある対象者を、65歳以上だけでなく、すべての成人に拡大した。致死率は高齢者で高いものの、ニューヨーク市や中国など大きな打撃を受けたところでは、50歳未満でも重症化は珍しくなく、高齢者と同じように長期間入院すると報告されているためだ。
重要なのは、メッセージを適切に伝えることだ。公に伝えるメッセージに多様な内容が混在していると、人々に公衆衛生上の助言に従ってもらうことが難しくなる。研究によると、互いに相反するメッセージは、精神的な苦痛を引き起こし、信頼できる一貫した情報がない場合、人々は自分が聞きたい内容に耳を傾け、誤った情報を求める傾向にあるという。
「当局から一貫した情報が伝えられない場合、多くの噂や陰謀説がその隙間を埋めてしまい、そのせいで人々が、自分が何をすべきなのかを把握するのが非常に難しくなります」と、米カリフォルニア大学アーバイン校で心理科学を教えるロクサーヌ・コーエン・シルバー氏は言う。
コーエン・シルバー氏の研究では、たとえば銃乱射事件や2014年のエボラ危機のときのように、ネガティブな面に過度に焦点をあてたニュースが執拗に繰り返されると、多くの市民が精神的なショックを受け、心的外傷後ストレス障害(PTSD)が引き起こされる可能性すらあることが示されている。コーエン・シルバー氏のチームは5月、メディアや医療専門家は、パンデミックのリスクに関して、ヒステリーや混乱を増幅させることなく、実用的な助言を提供する役割を担うべきだとの警告を発している。
週3000万件の検査の是非は?
CDCによるCOVID-19検査キットに当初、欠陥があったことにより、米国では新たな感染者の発見が遅れ、いわば「水なしで火事を消そうとする」ような事態となった。今年の春にロックフェラー財団から出されたある報告書は、検査の数を週100万件から週300万件へと2カ月で「劇的に拡大」するよう求めていた。米人口の約1パーセントを対象としたこの検査と「高精度」な接触追跡とを組み合わせることにより、経済活動を部分的に再開できるだろうというのが、財団の予測だった。
しかし、このアプローチでは、接触者の70パーセントが隔離に応じる必要があると、ジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターの上級研究員、クリスタル・ワトソン氏は述べている。もし流行が広がりすぎれば、接触者の追跡はうまくいかず、追跡がうまくいかなければ、ワクチンなしでCOVID-19をコントロールするには、米国は週に3000万件の検査を行う必要があると、ロックフェラー財団の報告書にはある。同報告書ではこれを「1-3-30計画」と呼んでいる(検査数を週100万、300万、3000万と増やしていくという意味)。
米国の新規感染者数は5月中旬以降ほぼ横ばいで推移した後、6月半ばからまた急増した。悪化を招いた原因は何だろうか。
「われわれはあまりにも検査、検査と唱えすぎて、それで何が達成できるのかをよく理解していなかったのです」と語るのは、米ミネソタ大学感染症研究政策センター(CIDRAP)所長で、1-3-30計画の報告書の共著者でもあるマイケル・オスターホルム氏だ。「特定の地域で実施される検査数ばかりを重視せずに、何の検査が必要なのかをよく考える必要があるでしょう」
検査では偽陽性が出るリスクは常にある。そのため都市、州、国などがあまりに多くの検査を一般市民に対してランダムに行うと、隔離の必要がない人たちまで隔離してしまうことになる。
優先すべきは、COVID-19とみられる症状を持つ個人をできる限り早く見つけ出して検査を進めることだ。そうすれば、適切な患者をより早く隔離できる。
「症状もなく、検査のための疫学的な特徴もない人たちを検査することを前提としたアプローチには、深い懸念を抱いています」と語るのは、ジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターの疫学者、ジェニファー・ヌッツォ氏だ。
ヌッツォ氏は、最もリスクの高い集団からCOVID-19を根絶するために、介護施設や刑務所において全員の検査を定期的に実施するなど、週300万件以上の検査が必要だと考えている。一方で、週に3000万件の検査というのは非現実的だと氏は語る。なぜなら、サンプルを処理できる国内の研究所の数は限られているからだ。
感染状況を監視するための基準は、検査の陽性率、つまり検査件数の何パーセントが陽性かをチェックすることだとヌッツォ氏は言う。
世界保健機関(WHO)では、COVID-19の疑いがある人を包括的に検査した場合の陽性率を、14日間連続で5パーセント以下にすることとした。このラインを超えると、COVID-19の集団から集団への感染を抑えるのは難しくなるからだ。
ところがCDCとホワイトハウスは、州の検査陽性率が20パーセントを下回れば、街を再開できるとしている。「これは高い数値です」と、ヌッツォ氏は言う。現在感染者数が急増している30州のうち、16州では陽性率が5パーセントを超えており、残りの州でも陽性率は上昇傾向にある。
「第2波」についての科学者の考え方も変化している。疫学的な観点からいえば、本来「波」は人間がさほど介入しなくとも自然に消滅していくものだが、コロナウイルスはそうした従来のパターン通りに推移していない。
「わたしはもう、これを波とはみなしていません。実際にあるのは山と谷なのです」と、オスターホルム氏は言う。
COVID-19を低レベルに抑え、ワクチン開発の時間を稼ぐために、エビデンス(科学的な証拠)に基づいた対策がなされたが、メッセージの伝え方に問題があるせいで、その効果は十分に発揮されていないのが現状だ。
専門家の中に、2度目のロックダウンが避けられないと考えている者はまだいない。しかし米国では、病院が満杯になり、通常の診療がストップする危険な状態が再び視野に入ってきている。COVID-19の救援措置の大半は7月で終了し、夏が秋に向かうにつれて、わたしたちはウイルスが増殖しやすい閉鎖的な環境に戻らざるを得なくなっていく。
(文 NSIKAN AKPAN、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年6月30日付の記事を再構成]
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