「生」が帰ってくる喜び 演劇公演再開へ(井上芳雄)
第72回
井上芳雄です。演劇の公演が再び動き出しました。7月、8月と僕が出演する舞台も発表されました。7月は日比谷シアタークリエで『SHOW-ISMS』というショー形式、8月はミュージカル『ナイツ・テイル-騎士物語-』をコンサート形式で上演します。新型コロナウイルスはまだ収束していないので安心も油断もできませんが、そんななかでも公演再開を発表できて、そこに向かってまた進める状況になったことには素直にうれしい気持ちでいっぱいです。
僕の舞台再開の最初は、シアタークリエでの『SHOW-ISMS』。演出家の小林香さんが手がけられているオリジナルのショーやミュージカルのシリーズ『SHOW-ism』のスペシャル版ともいえる舞台です。9作目にあたる『マトリョーシカ』は公演中止となりましたが、その『マトリョーシカ』のキャストに加えて、歴代公演のキャストが集まり、過去の公演時の曲と新たに書き下ろされた『マトリョーシカ』のオリジナル楽曲を加えたショーを、2つのバージョンで上演することになりました。僕は公演期間の前半、『DRAMATICA/ROMANTICA』(7月20~25日)のバージョンに出演します。
『DRAMATICA/ROMANTICA』はシリーズ第1弾として10年前に上演した作品で、小林さんの演出家デビュー作。僕にとっても思い入れの深い作品です。出演者は彩吹真央さん、JKimさん、僕の妻の知念里奈さん、新妻聖子さんと僕で、僕以外は全員女性。小林さんから最初にお話をいただいたときは、ライブ配信だけになるかもしれないとのことでした。キャストの方々に相談したところ、ようやく演劇公演が再開できるというときに、またみんなが集まれるのはすごく意味があることなので、ぜひやりましょうと。その後、客席の半分くらいお客さまを入れられることになり、一部の公演回ではライブ配信も実施することとなりました。
公演期間の後半は、ほかの『SHOW-ism』シリーズのキャストの方たちが加わっての『マトリョーシカ』のバージョンになります。こういう形の公演も、やっぱり今だからこそ。役者はみんな、やれることがあったらやりたいと今まで以上に思っているでしょうから、多くの人が参加できるのはみんなうれしいと思います。ショーなので、いろんな人が出たり、いろんな曲を歌ったりがやりやすいということもあります。
これがお芝居だと、物語の展開上、役者同士がどうやって距離を保つかとか難しいこともあるでしょう。ショーは歌ったり踊ったりなので、お互いが離れるような振り付けにするといった工夫ができます。今はまだどんな演劇でも再開できるわけではないと思いますが、ショーだったりコンサートだったりの形式なら、比較的始めやすいように思います。
そのコンサート形式で上演するのが『ミュージカル「ナイツ・テイル」inシンフォニックコンサート』です。『ナイツ・テイル』は2018年夏に帝国劇場で世界初演した新作ミュージカルで、堂本光一君と初めて共演した舞台です。2人の騎士が同じ女性を好きになり、決闘を挑むというストーリーで、シェークスピアの最後の作品として知られる『二人の貴公子』(共作:ジョン・フレッチャー)を基に、世界的な演出家のジョン・ケアードが脚本・演出を手がけました。今回は約50人の東京フィルハーモニー交響楽団との共演で、東京芸術劇場コンサートホール(8月10~13日)と東京オペラシティコンサートホール(8月18~22日)で上演します。お客さまが入るのは、それぞれ客席数の半分くらいになります。
今回のコンサート形式は、コロナ禍への対応でそうなったわけではなく、来年の本公演再演に向けてもともと構想がありました。スケジュールや規模の点ですぐには再演できなかったけど、あまり間が空くとお客さまの思いや記憶も薄れてくるだろうから、今年はコンサート版というまた違った楽しみ方でお届けして、来年の再演に備えようということでした。それが図らずも、今の状況下での上演形態にぴったり合うことになりました。
演出のジョンはロンドン、音楽監督のブラッド・ハークはニューヨークにいて、それぞれコロナの影響で国を出られないので、東京とロンドンとニューヨークを結んだリモートで稽古をします。東京で夕方から始めると、ロンドンは午前、ニューヨークは早朝という感じです。時間を短縮したり、みんなが集まらずに個別でやったり、いろんな感染予防の対策をして稽古した上で上演に至ることになると思います。
全ナンバーをオーケストラバージョンにリアレンジして、光一君と僕はそれぞれ役の新曲を初披露します。劇中の衣装はつけずに、スーツやドレスを着るコンサートのスタイルで歌うことになると思います。本公演と同じく和太鼓や和楽器も参加して、フルオーケストラで、生の歌声で、お客さまも半分ではありますが入って……この夏ようやくライブエンタテインメントが帰ってきます。「生」の楽しみを存分に味わえると思うので、お客さまにはすごく喜んでもらえるでしょうし、僕も楽しみです。
脚本はジョンが新しく執筆します。まだどういう形になるのか分かりません。朗読劇のようにセリフで役者が物語を伝えるのか、あるいはナレーションになるのか。光一君と僕は、初演のときの思い出話を語りあうようなコーナーがあってもいいんじゃないかというアイデアをジョンに話しましたが、採用されたかどうかは教えてもらっていません。ミュージカルのコンサート版をやるのは、たいてい長年上演されて、みんなが楽曲を知っているような有名な作品です。その点で『ナイツ・テイル』はまだ1回しか公演をしてないし、楽曲がそこまで浸透しているわけではないでしょう。なので、今までにあったコンサート形式に縛られない、新しいものができれば面白いと思います。
いずれにしても、『ナイツ・テイル』の音楽の魅力に特化して楽しんでいただける、来年の再演に向けての前哨戦のような内容になりそうです。演劇界で公演が再開されてからまだ早い時期に、光一君やキャストの仲間と一緒にフルオケによる大規模な公演ができるのはうれしいし、このプロジェクトにまた新たな意義が加わったように思います。
仲間たちと久しぶりに再会
キャストのみんなとは、自粛期間中に3回ほどオンライン飲み会をしました。ジョンがロンドンから、ブラッドがニューヨークから参加してくれたときもありました。だから、自粛中に一番よく話していたメンバーだと思います。飲み会でも、コンサートができるかどうかをみんなすごく気にしていたし、じゃあどういう形だったらできるのかという話も状況に応じてしてきました。自分たちがどういう思いを抱えていて、今何ができるのかを、そのつど共有しながら2カ月を過ごしてきたので、先日、帝国劇場で会見をしたときに、久しぶりに再会できた喜びはひとしおでした。
最終的に開催にゴーが出たのは、6月に入ってからだと思います。発表もこれまでだったら何カ月も前だったのに、今はぎりぎりのタイミング。チケットの販売もそうで、今までとはスケジュール感が全然違います。でも状況が違えば、この企画を発表できないまま終わっていた可能性もありました。そうなるのは悲しいことだね、という話もみんなでしていました。そういう作品もいっぱいあったと思うので、自分たちだけが喜んではいられないのですが、なんとか発表にまでこぎ着けられました。このまま無事に初日を迎えられることを願うのみです。
劇場に行ったり、人に会ったり、実際に動いたりしていると、「これからやるんだ」という希望の思いが体の中から湧き上がってきます。それって理屈じゃ説明できない、「生」の実感だと思うんです。実際にその場に行って、みんなと一緒の空気を共有するという演劇やライブエンタテインメントの喜びもそれと同じ。その復活が近づいています。
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第73回は2020年7月18日(土)の予定です。
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