メッカ大巡礼 コロナで今年はサウジ国内1000人だけに

日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/7/17

戦争や疫病にさらされた過去も

1932年の建国以降、メッカの守護者と見なされているサウジアラビアが、国外のイスラム教徒を閉め出すのは今回が初めてだ。しかし、ハッジが水を差されたのは初めてではない。632年、預言者ムハンマドの主導による正式なハッジが初めて行われてから、メッカ巡礼は「戦争、飢饉、病気、政治的な妨害」に何度もさらされていると、サフィ氏は説明する。

キング・アブドゥルアジーズ研究公文書保管財団の歴史学者によれば、930年以降、ハッジは少なくとも40度妨害されているという。930年には、シーア派の分派であるカルマト派がメッカを占拠し、巡礼者3万人を殺害。さらに、イスラム教の貴重な遺物、カアバ神殿に据えられている黒石を身代金目的で持ち去った。黒石がメッカに戻されるまで、ハッジは10年にわたって中断された。

メッカ巡礼中に病気が流行したこともある。19世紀には、何万人もの巡礼者がコレラによって命を落とした。たとえば、1821年には2万人が死亡した。1865年には、ガンジスデルタからの巡礼者がメッカにコレラをもたらし、他国から訪れていた巡礼者に拡大、最終的に全世界で20万人の命が奪われた。近年は、政治的混乱や外交問題が原因で、一部の巡礼者がメッカ行きを阻止されている。

巡礼者がもたらす莫大な経済効果

ハッジの制限は宗教だけでなく、経済にも大きな影響を与える見込みだ。巡礼者の経済状況はさまざまだが、数日間の巡礼にかかる食事、ビザ、宿泊費用は1人当たり数千~数万ドルに達し、多くの人は、一生に一度の旅が実現するまで節約生活を送る。BBCのアラビア語版を担当するアフメド・マハー氏は「レストラン、旅行代理店、航空会社、携帯電話会社はいずれもハッジの期間中に大金を稼ぎ、政府も税金という形で恩恵を得る」と説明する。

ロイターによれば、ハッジおよび期間外のメッカ巡礼であるウムラ(小巡礼)の経済効果は、例年、合計で120億ドル前後(約1.3兆円)にのぼるという。サウジアラビアの国内総生産(GDP)のうち、石油を除いた分の約20%に相当する金額だ。

メッカの大モスクで、ザムザムの水をくむ女性たち。預言者アブラハム一家の渇きをいやすため、神が掘り当てた泉の水と信じられており、巡礼者はこの水を故郷で待つ家族に持ち帰っている(PHOTOGRAPH BY TASNEEM ALSULTAN)

「(ハッジに関する今回の決定は)驚くべきニュースです」とワシントン近東政策研究所の一員であるサウジアラビアの専門家サイモン・ヘンダーソン氏は述べている。「地域経済が打撃を受けることになるでしょう」

サウジアラビアは6月21日、全国規模の外出禁止令を解除したが、新型コロナウイルスへの対応はまだ続いている。6月25日の時点で感染者数は16万人を超えており、すでに1400人近い命が失われた。

ハッジの厳格な人数制限は多くの命を救う可能性が高い。だが、世界最大級の宗教的な集まりに誇りを持ち、そこから利益を得ている国の日常はさらに混乱するだろう。特に大きな影響が見込まれるのはメッカの近郊都市ジッダだ。ほとんどの巡礼者はジッダからサウジアラビアに入り、そこから巡礼の旅に出掛ける。

「伝統的そして歴史的に、ジッダの繁栄は巡礼者を受け入れることで築かれてきました」とヘンダーソン氏は説明する。「今回、ジッダはその恩恵を得ることができません」。イスラム教の二大聖地メッカとメディナの守護者と見なされているサウジアラビアのサルマン国王と、国民も同様だ。

「賢明な決断ですが、サウジアラビアの自尊心は傷つくでしょう」とヘンダーソン氏は言う。「ハッジの中断は秩序を揺るがす出来事です」

(文 ERIN BLAKEMORE、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年6月26日付]

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