コロナでも売れた1本スピーカー 包み込む響きの引力エムズシステム社長 三浦光仁氏(上)

家ごもりが求めた「音にくるまれる心地よさ」

「日本で最も予約が取りにくい宿」ともいわれる旅館「箱根吟遊」(神奈川県箱根町)にもエムズのスピーカーが置かれている。東京・有楽町の「ザ・ゲートホテル東京」は164の客室をはじめ、ロビーやレストランを含む全館に導入。「空気のように音を環境として整えるという『音のエアコンディショニング』という考え方を取り入れてもらった」(三浦氏)。採用された理由は「雰囲気を壊さない安らいだ響き、くつろぎや語らいを邪魔しないサウンドが評価された」という。

一般的なスピーカーが発する音は、一種の衝撃を伴っていて、まっすぐ人体に突き刺さるような指向性を帯びている。実際、大音量を鳴らしているスピーカーの前に立つと、胃袋が揺さぶられるかのようなインパクトを感じる。ハードロックの重低音サウンドに酔いしれるには悪くない性質だが、部屋でずっと流しておく場合、「指向性の強い音は聞く人をくたびれさせやすい」(三浦氏)という。

指向性という言葉が示す通り、方向が決まっているせいで、聞き手の居場所が限られるのも、このタイプのスピーカーの欠点とされる。方向がずれると、途端に聞こえづらくなりがちだ。自宅で鳴らす場合、リビングルーム中央のベストポジションに座っている人は快適に聞こえても、キッチンで調理中の人にはよく聞こえないという現象が起こり得る。

不満に感じて、キッチンの人が音量を上げると、ベストポジションの人にはうるさく感じられる。ベストの場所が固定されているから、別のポジションでは満足感を得にくい。「昔から購入前に試聴室で聞いたときは感激したのに、自宅に設置したら、格段に聞こえ具合が悪く、不満を感じるというケースは多かった。本当のクオリティーを引き出すには、機材や配置などに細かい配慮が必要で、個人ではなかなか実現が難しい」(三浦氏)。つまり、扱いが難しいわけだ。

しかし、エムズのスピーカーは指向性がほとんどない設計だから、どの位置からもほぼ同じように聞こえる。リビングルームとキッチンを備えた試聴室を歩き回りながら聞いても、場所ごとの聞こえ具合にあまり差がないと感じる。「部屋の中で音楽をシェアしやすいから、家族の会話も弾む」と、三浦氏は家庭内コミュニケーションの面でも効果を期待する。

「指向性の強い音は刺激として感じられる。激しい刺激を味わうには従来のスピーカーでも構わないだろうが、穏やかな気分で過ごしたいときには指向性のないスピーカーのほうが心地よく聞こえる」と、三浦氏は違いを説明する。

実際にエムズのスピーカーで聞いてみると、どこから音が出ているのか、見回して探してしまうような感覚に、最初は戸惑いすら覚える。音に包まれるとか、音が降ってくるという感じだ。でも、次第に耳当たりのやさしいサウンドを快適に感じ始める。鼓膜に刺さってこない音に、気持ちがほぐれていく。音楽療法に取り組んでいた聖路加病院の日野原重明名誉院長も自宅用に購入したそうだ。

サントリーホールで開いた「演奏家のいない演奏会」

20年かけて導入事例を増やし、個人のファンを獲得してきたエムズだが、従来の「ステレオ神話」になじまないこともあって、最初は猛烈な反論や批判を浴びた。理屈で戦うより、実際に聞いてもらうのが近道と考えた三浦氏は実機を披露する機会を増やしていった。象徴的な試みが「演奏家のいない演奏会」。楽器の演奏者を呼ばず、スピーカーだけで楽曲を再生する催しだ。クラシックの殿堂、サントリーホールをはじめ、大小様々な規模で開催を続け、既に400回を超えた。

耳で感じた驚きは興味につながり、スピーカーの販売台数も増えていった。実質的な1年目にあたる2004年は年間で10台が売れたが、15年後の19年には年間で2000台を超えた。200倍の伸びを支えたのは、「とにかくいっぺん聞いてみてください」と語りかけ続けた地道な口コミにあった。

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