コロナでも売れた1本スピーカー 包み込む響きの引力エムズシステム社長 三浦光仁氏(上)

百貨店の紳士服バイヤーから畑違いの起業

三浦氏が音響工学の足かせを逃れて、新発想のスピーカーを素直に受け入れられたのは、畑違いの出身だったことも大きいだろう。もともとは百貨店の伊勢丹(現在の三越伊勢丹)で紳士服のバイヤーを務めていた。上智大学を卒業後、1980年に伊勢丹へ。紳士服畑を歩み、87年から約6年間はパリに駐在した。19年にわたるキャリアは主にメンズファッション関係で、音響には何の縁もなかった。

99年に退社し、アマゾンの森と先住民を守るNGO(非政府組織)に参画した。そこでの環境保護活動をへて翌2000年に経営コンサルティング会社として創業したのがエムズだ。「退職金を使い果たし、家も売って、『そろそろ働かなきゃ』と思って、コンサルを立ち上げた。物を仕入れる資金がなかったので、どうにか知恵を商材に食いつなごうと、コンサルを選んだ。当時はスピーカーを作って売るなんて、思ってもみなかった」と振り返る。

エムズのスピーカーは1本の円筒形が基本スタイルだ

スピーカーとの出会いは「天から降ってきたような偶然」だった。たまたま知り合った開発者が三浦氏の事務所に「気に入ってくれたのなら、置いていく」と預けた試作機が始まり。コンサルの顧客が事務所を訪れると、口をそろえて「いいスピーカーですね。さすが4チャンネル(4本のスピーカーを使う音響システム)」とほめて帰った。オフィスに置いてあった4本のスピーカーを見ての言葉だ。

彼らは以前から置いてあった別ブランドのスピーカーが鳴っていると思い込んでいたが、実は1本の試作機から音が出ていた。種明かしをされた顧客からは「売ってほしい」という頼みが相次いだ。とうとう10件に達したのを機に、「私に売らせてもらえないか」と、開発者に申し入れた。本腰を入れることになり、03年には総合音響メーカーへ看板を掛け替えた。

コロナ禍の最中でも売れ行きが伸びた理由を、三浦氏は「音楽との向き合い方が変わったのではないか」と読む。家ごもり状態が続き、必然的に音楽を聞く時間も増えた。フラストレーションがたまりがちな環境だったこともあり、「リラックスできるやさしい音が求められた。包容力や温かみを感じさせる、エムズならではの音質が支持された」(三浦氏)。実際、月間の出荷台数は前年を超える300台程度に達し、注文が落ち込むのではという予想をプラスに裏切った。

パソコンへの不満も需要を後押ししたという。パソコンには大抵、スピーカーが内蔵されているが、音楽を聞くうえでは「力不足のケースが珍しくない」(三浦氏)。もともとパソコン内蔵スピーカーは操作に伴う警告音を鳴らすために組み込まれていて、「音楽を聞くのに十分な再生能力を期待されていなかった」。近年は音質を重視したモデルも登場しているが、やはりサイズとコストの兼ね合いから、専用スピーカーには見劣る機種が多い。

しかし、家ごもりが広がって、自宅のパソコンを仕事で使うようになると、目の前のパソコンで音楽を聞きたいと考える人も増えたようだ。スマートフォンを音源に選ぶ人も増えてきた。「近ごろはスマホやパソコンからの再生に関する問い合わせが増える傾向にある」という。エムズのスピーカーには、 ヘッドホン・イヤホン端子につなぐだけで鳴らせるスピーカーも用意されている。「オンライン会議で声が聞き取りにくいといった不満の解消にも役立つ」という。

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家ごもりが求めた「音にくるまれる心地よさ」
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