人間の死について毎日考えています
作家、石田衣良さん
中学3年生です。毎日夕方から人間の死について考えています。いつか人間が生涯を終えるのは事実ですが、その理由が戦争や地球温暖化のような人為的なものだったら、虚(むな)しく感じるのです。この年代特有の考え方なのでしょうか?(長崎県・10代・男性)
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中学生のころ、よく夕陽を見に自転車で近くの堤防に行ったものです。東京下町の甍(いらか)の波に真っ赤な太陽が沈んでいく。それを飽きずに30分でも1時間でも眺め続ける。本当になすべきことを今しているのだという、ひどく充実した手応えのある時間だった。その癖は半世紀近くたった現在も変わらず、ぼくのツイッターの画像は見事に夕陽だらけです。
当時は君と同じように、答えのない問いをいつも考えていた。人の死とは何だろう。宇宙とは何だろう。社会や人生の究極の意味とは何だろう。還暦を迎えても、いまだに確信をもって回答できることなど、一つもありません。
君からすると、大人たちは愚かに見えるかもしれないね。本当に大切なことは相手にせず、株価に一喜一憂したり、お笑いタレントの粗末な不倫を叩きまくったりしている。でも、大人になると、誰もが目の前の仕事や雑事に追い立てられ、大切なことから目をそらされてしまうのだ。
今抱えている問いは、誰もがわからないまま一生考え続けるしかない難問です。深刻で悲しい気持ちになることがあるかもしれない。友達から暗いといわれることも多いでしょう。どうしていつか死んでしまうのに、この時代のこの社会のこの親の元に生まれてきたんだろう。自分の意思など欠片もなかったのに。
そういうときこそ、世界中の哲学や歴史や文学や宗教を学んでみてください。先人も同じことで悩んでいる。その難問を君なりの感覚を生かして一緒に悩んでみよう。
答えの出ないことを考えるのは無駄だという人もいるかもしれない。グーグルで探したほうが早いよ、なんてね。でも、悩む過程で得た知識や考えの深さ、自分なりの角度は、これから一生を戦い抜くとき一番強い武器になる。ぼくにしたって「あのころ」悩んでいた問題を、今も小説の形で発表しているよ。
君が真剣に悩めるのは、せいぜいあと十年。今のうちに思い切り悩んで下さい。世渡り上手でフォロワーやいいねをたくさんもらうキラキラの生き方もいいでしょう。けれど、ぼくは心の隅で一生難問を考え続ける君みたいな人と友達になりたいし、いっしょに仕事をしたいと思っているよ。そういう人だって世の中決して少なくはないからね。
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