ヒトに見えない色も感知 ハチドリの目に映る世界
オスのハチドリは、ただ木の枝にとまっているだけで、そのカラフルな虹色の羽毛でわたしたちの目を楽しませてくれる。ただ人間には、ハチドリのようには、その羽毛の美しさを完全には堪能できていないだろう。というのも、新たな研究で、ハチドリには人間には感知できない色を見る能力があることが判明したからだ。
以前から、鳥はヒトよりもすぐれた色覚を持っていると研究者は考えてきた。多くの霊長類と同様、ヒトの色覚は3色型だ。これは、「青」「緑」「赤」の3つの色覚受容体(これを錐体=すいたいと呼ぶ)を持つことを意味している。一方で、ハチドリを含めた鳥類は、4種類の錐体がある。つまり4色型色覚なのだ。
3種類の錐体を持つヒトの目で感知できるのは、赤、橙、黄、緑、青、藍、青紫(バイオレット)の「虹の色」――いわゆるスペクトルの色相を見ることができる。ヒトはこのほかに、「非スペクトル色」(虹に含まれない色)の一つである赤紫(パープル)も認識できる。ちなみにパープルは、赤と青を認識する錐体が同時に刺激されて見える色だ。
一方、鳥の4種類の錐体は、理論的には紫外スペクトルを含む、より広い範囲の色を識別することができると考えられてきた。ただ、実際に鳥たちがどんな色を見分けられるかに関する詳しい実地調査は、これまでほとんどなかった。
米プリンストン大学の進化生物学者メアリー・ストッダード氏らは、コロラド州のロッキーマウンテン生物学研究所周辺で、フトオハチドリ(Selasphorus platycercus)を使った野外実験を行った。その結果、ハチドリはスペクトル色の給餌器と、非スペクトル色の給餌器とを識別できることが分かった。
「ハチドリが給餌器を見分ける様子を実際に目の前で見るのは、本当にエキサイティングな体験でした」。こう語るのは2020年6月15日付で学術誌『米国科学アカデミー紀要』に論文を発表したストッダード氏だ。
シカゴ大学の進化生物学者トレバー・プライス氏は、「この研究は『大きな前進』であり、鳥が色を見分けている方法について詳細に提示している」と述べている。
「動物の色覚に関する理解は、ようやく進み始めた段階です」
過去にない大胆な実験
ストッダード氏のチームが行った実験はこんな具合だ。研究室の近くに、LED機器を備えた円筒形の給餌器を数個設置する。それぞれの給餌器には、砂糖水と水が入っている。入っている水の種類に応じて、LED(発光ダイオード)機器の照射で給餌器表面の色を変える。
「自然環境で実験したことはとても重要なことでした。自然環境でこそ、鳥が実際に世界をどうとらえているかをよく理解できるからです」とストッダード氏。
花の蜜を餌とするハチドリは、すぐに砂糖水と味のないただの水と、それぞれの色を関連付けることを学んだという。
ストッダード氏らの実験は、16年から18年までの3シーズンにわたって19回行われた。給餌器にやってきたハチドリはのべ6000羽にのぼる。給餌器への鳥の訪問を記録した結果、フトオハチドリが給餌器の色がスペクトル色相でも非スペクトル色相でも、常に甘い水の給餌器を選ぶことが証明された。
「人間の目では同じ緑色の給餌器にしか見えないケース、例えば、LEDで紫外線を加えた給餌器と、紫外線を加えていない給餌器があっても、ハチドリには違いがはっきり分かるのです」(ストッダード氏)
「非常に大胆な実験的アプローチです」とメール取材で語るのは、メリーランド大学カレッジパーク校の進化生物学者カレン・カールトン氏だ。この研究は「ハチドリの目を通してみれば、世界はわたしたちが見ているものとは全く違うことを示しています」
動物と色覚
色覚は、動物が食べ物や交尾相手を選んだり、捕食者を避けたりするうえで役に立つ。例えば、人間が見てもただの黄色い花であっても、ミツバチは黄色の花の中に紫外線色の模様を見ることができ、射的の的のようなその模様が、ハチを蜜へと導いている。
なぜハチドリが多様な色を感知できるのかを調べるために、ストッダード氏らは、鳥の羽毛と植物の色についての既存データを分析した。その結果分かったのは、ハチドリは鳥の羽毛の30パーセント、植物の35パーセントの色を、非スペクトル色相で見られるということだった。非スペクトル色相は、「人間には想像すらできない色」(ストッダード氏)だ。こうした能力は、小さなハチドリたちが多様な種類の植物と、その花蜜を見つけるのに役立っていると考えられる。
ストッダード氏によると、今回の研究結果は、日中に活動し、4色型色覚を持つ鳥類だけでなく、一部の魚類、爬虫類、無脊椎動物にも当てはまるという。また、こうしたすぐれた識別力は、カラフルな羽毛を持っていたと考えられている恐竜にも備わっていた可能性がある。
哺乳類は、もともと昼間の世界の豊かな色を見る必要のない夜行性の生き物から進化した。このため、イヌやネコを含む大半の種が2色型色覚で、青と緑の錐体しか持っていない。ヒトが3番目の錐体(赤)を進化させたのはあるいは、初期の霊長類が熟した果実を好むようになったせいかもしれない。
「自然界の多様な色を理解したいなら、まず種によってどんな色を認識できるのか、どんな違いがあるのかを理解する必要がありますね」とプライス氏は言う。「今回の研究がそのさきがけとなるでしょう」
(文 VIRGINIA MORELL、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年6月18日付]
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