外国人に人気の「利き酒」 浅草の教室、コロナに対応
世界で急増!日本酒LOVE(22)
国内外の外国人客らを相手に酒蔵での蔵人体験や料理教室などを開催してきた「茶御飯東京」(ちゃごはんとうきょう、東京・浅草)。2018年からトリップアドバイザーのエクセレンス認証を2年連続で受賞した人気の教室が、新型コロナウイルス終息後をにらんだ対応に追われている。ソーシャルディスタンス(社会的距離)の確保など「新常態」に即したレッスン運営や手法の開発にあれこれ知恵を絞っている。「外国人観光客らの日本文化を吸収したがる半端ない貪欲さに、コロナ後もしっかりと応えたい」。これまでの手応えを踏まえ、主宰者側は人気の日本酒「利き酒」レッスンのバージョンアップなどに意欲を見せる。
コロナ感染拡大に伴う緊急事態事態宣言が5月下旬に解除された直後、さっそく4つのレッスンを申し込んでくれた在日フィリピン人のお客がいたことに、講師役も務める茶御飯東京の主宰、平野雅仁さんは目を細めた。「調理のライブ感に加え、さりげなく日本文化にも触れられる工夫をこらしてきた」従来の取り組みを評価してもらえた気がしたからという。
茶御飯東京は2015年に開講。欧米からの旅行者を中心に、アジア圏など100カ国以上から参加者を集め、日本酒にまつわるレッスンや料理教室を開催してきた。
もともとは輸入ビジネスを手がけていた平野さん。海外の人々と一緒に仕事をする中で、"外国人向けの日本文化を伝える楽しい教室があったらいいのに"と思ったのがきっかけで、新事業として始めることを決断した。
当初はシェフにレッスンを依頼したが、「もっとお客様の心にダイレクトに響くようなレッスンに」と平野さん自ら調理し、英語で説明するスタイルに変更し、現在に至る。主宰の平野さんは実は昨年まで京都で日本酒バーも経営するなど大の日本酒フリーク。日本酒の魅力を海外の人たちにも知ってもらおうと、茶御飯東京でも週1~2回「日本酒テイスティング・レッスン」を開催。時には外国人客と一緒に蔵元まで足を運び、蔵人体験などにも参加してきた。
日本酒テイスティング・レッスンには外国人客の参加者も多く、人気を博した。申し込みルートも様々で、オンライン経由での個人客から、旅行会社経由の団体客、ホテルのコンシェルジュ経由など。中でもユニークなのが法人申し込みで、外資系企業や多国籍なスタッフがそろう職場などが、チームビルディングの一環としてレッスンを利用するケースだ。
すし作りと日本酒のテイスティングをセットにしたレッスンをカスタマイズ・オーダーしてくる企業もあった。「みんなで力を合わせないとおいしい料理は作れないから、自然と協力体制ができあがる。仕事はさておき実は料理が得意だったり、日本酒に詳しかったりすると、周囲が驚き、会話が盛り上がる」と平野さん。
日本酒テイスティング・レッスンは1時間飲み放題(4種の酒菜付き)で、味の違いが分かりやすい日本酒8~10種を60ミリリットルずつお猪口(ちょこ)やワイングラスで試飲。参加者の様子を見て、時には外国人が好む傾向が強い酸味の強い生酛(きもと)・山廃造りの酒を登場させたり、お燗を付けたりもしてきた。
平野さんは酒好きな外国人仲間と蔵元訪問もしてきた。単なる見学だけでなく、実際に酒蔵に泊まり込むこともしばしば。「朝4時から酒造りを始め、全身筋肉痛になるほどの肉体労働ですが、ワイン造りとの違いを外国人の方々に実感してもらう良い機会」とその意義を説く。
後日、自分が醸した酒が名前入りで手元に届く。苦労して醸した自分の酒は世界に1本のみ。海外からの参加者にとっては日本での良い思い出になり、感動の酒になるわけだ。この感動体験は、何としてもコロナ後もしっかり継承していきたい。そんな思いが、平野さんの原動力になっている。
「なぜ同じ日本酒なのにこんなに味が違うのか」。参加者たちのそんな疑問一つひとつに、平野さんは時に専門的なことまでも、わかりやすく丁寧に説明してきた。
欧米からの参加者はワイン好きが多い。ワインと日本酒を比較しながら説明すると、より理解してもらいやすくなることもある、と工夫の一端を明かす。日本酒は原材料(酒米や水)の違いに加え、醸し方や酵母なども味に大きな変化をもたらすことを伝えると、外国人客は「目から鱗(うろこ)」でかなり驚くという。
緊急事態宣言が出されていた間は、休業を余儀なくされたが、その間も「コロナ後」をにらんだ対策を忘れない。ソーシャルディスタンスを保ちやすい環境にするため、カウンター周りを一部、改装する工事を実施。最新の空調設備を導入したり、トイレ周りを刷新したりする準備も進めた。
「コロナ禍が落ち着いたら高単価の日本酒のテイスティングレッスンにも挑戦しようかと検討。普通の居酒屋では味わえないような高級酒や希少な酒も楽しみたいというお客様もいらっしゃいますから」
蔵人体験のような酒造り工程をベースにした体験にも何か工夫を加え、バージョンアップしたレッスンにできないか。レッスン時間が長いと、コロナ感染リスクが高まる。そこでレッスン前に日本酒の基本情報を理解できるオンライン動画を視聴してもらう手法なども検討中という。
一方、料理教室で一番人気を誇ったのはラーメンと餃子(ギョーザ)のレッスン。ラーメン作りでは、江戸時代から続く伝統的手製法である手火山造りの焼津産鰹節などの数種類の削り節やコンブなどを実際に見せ、だしの取り方から始める本格的な内容が海外客を魅了した。レッスンのハイライトは、麺をゆでた後にプロっぽく"湯切り"する瞬間。思わず上がる歓声が平野さんの耳に今も残る。「来たるべき時に向けて、とにかく備える。今はそういう時期だと思っています」。新たな形でまたエンターテイメント性の高い体験型レッスンが再開できる日がきっと来る。平野さんはそう話し、前を向く。
(国際きき酒師&サケ・エキスパート 滝口智子)
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