クックパッドの絵本 読み聞かせ活用して子どもに食育
共働きママ・パパには2つの顔がある。家庭では子育てしながら多様な商品やサービスを利用する消費者の顔を、社会ではさまざまなものやサービスの送り手としての顔を持つ。そんな共働きママ視点から生まれた、食育絵本について紹介する。見た目は昔からある「紙の絵本」だが、この絵本を彩るのは「サブスク」など今どきのキーワードだ。
忙しくて食育ができない罪悪感に注目
「食についての正しい知識や料理の方法を娘に伝えなくては、という気持ちはあったのですが、仕事で忙しいとそんな余裕はなかなかありません。プレッシャーだけがどんどん大きくなり、罪悪感を抱えてモヤモヤしていました」。そう話すのは、クックパッドCEO室おりょうりえほんプロジェクトマネージャーの小宇根佳奈さん。
そんななか、小宇根さんの5歳(当時)の娘が保育園の調理実習でオムライスを作ったと聞いた。「実習当日までの2週間、保育士の先生が、オムライスの作り方についての絵本を繰り返し読み聞かせして、その結果、子どもたちは手順を覚えてしまったそうです。それを聞いて、子どもは、絵本をレシピ本のようにして料理が作れるのだと驚きました」。それが「おりょうりえほん by cookpad」のアイデアの源泉となった。
「自分自身もそうでしたが、子どもに食育がしたいけど『時間がない』『知識もない』と悩んでいる親は少なくありません。ただ、それだけ多忙な毎日を送っていても、寝かしつけの際の絵本の読み聞かせだけは、頑張って取り組んでいる人が多い。新しい習慣を『オン』するのは無理でも、今ある習慣に置き換える形なら、食育もできるのでは、と思ったのがきっかけでした。市場を見ると、絵本のサブスクリプションサービスは存在しましたが、食育に特化したものはありませんでした」
デジタルでレシピを提供してきた企業が「紙の絵本」を作る理由
おりょうりえほんは、月額750円(税抜、送料別で全国一律200円)で毎月1冊のオリジナルの食育絵本が届くサブスクリプションサービス。対象年齢は2歳から6歳。自分でシールを貼ってレシピを完成させる「レシピシールちょう」が付き、購読者は、子どもが実際に1人でそのレシピを基に料理している会員限定動画も見ることができる。
事業を発案した小宇根さんは、前職の食品メーカー時代から、食育の大切さをひしひしと感じていたという。2017年にクックパッドにマーケッターとして転職し、同社の根幹事業である料理レシピ投稿・検索サービス「クックパッド」の有料会員の増加策に取り組むことになった。
「将来の会員獲得のためには、若い世代に食や料理への関心を持ってもらうことが必要です。おりょうりえほんのアイデアは、中長期的な視点で子どもにフォーカスしていきたいという会社の方針とも合致しました」。ちなみに、おりょうりえほんの購読者は、クックパッドの有料会員サービス「プレミアムサービス」も利用できる仕組みになっている。
デジタルで多様なレシピを提供してきた企業が、なぜ今、「紙の絵本」を作るのか。「まず、娘の保育園の実例で、子どもにとって、絵本というフォーマットがレシピ本になることが分かりました。また、この事業の開発過程で、100組の親子にヒアリングを実施した結果、多くの親が『スマホ育児』に罪悪感を持っていて、やむを得ずスマホを与えることは現実にあるものの、本音では極力与えたくないと思っていることが分かりました」
それらの親の本音を動画コンテンツ作成にも反映させた。「お出かけ先などで静かにする必要があり、やはりスマホを見せなくてはならない場合もあります。そんなときでも、意味のある内容であれば、親の罪悪感も和らぎます。動画は、あくまでもサブ的な位置付けですが、提供することに意味があると考えました」
忙しいときに子どもが台所に来ると感じる複雑な本音
絵本制作の過程でも、親の心の底にひそむ罪悪感や本音を丁寧にすくい取る作業を行っている。
例えば、子どもが台所に興味を持つと、共働き親としては少し複雑な気持ちになる。うれしい半面、時間のないときに子どもが介入してくると、余計に手間がかかる。料理ができる人になってほしいが、「戦力化」するまでにくじけそうになってしまうのも親の偽らざる本音だ。
「時間に追われているときは、『え、今? 勘弁してよー』となりますよね。同時に、そんなことでイライラすること自体に罪悪感を持ってしまう気持ちも理解できます。だから、子どもがキッチンに興味を持ってやって来たときの親の声かけ例などを紹介した親向けの漫画の付録も作りました」。その名も『子どもがキッチンに来たら読む本』。
親子で一緒に料理をする物語が描かれた絵本も、親の心の声をくんだ内容になっている。「『あー、生のお肉を触った手で目をこすらないで~!』などと親がハラハラすることがありますよね。お肉をママが切っている間に、子どもは海苔(のり)をちぎる、のように、『分担』を描きました。複数人で料理するときは分担したほうが、効率がいいことも伝えたいポイント。絵本に描いてあると子どもはすんなり納得してくれます」。「第三者」である絵本の力は強い。親にとっては助かる細やかさだ。
完成したものは昔ながらの「紙の絵本」に見えるが、マーケッターとしてのキャリアを生かし、消費者の本音を存分に反映している点が、魅力につながっている。
これまで蓄積した膨大なレシピという社内資産
同社にはこれまで蓄積した膨大なレシピという社内資産がある。その数は、国内のレシピ数約320万品、海外のレシピ数約350万品に上る(2019年12月31日時点)。同社は、それらのビッグデータを活用したさまざまな事業を手掛けているが、おりょうりえほん事業でも、一般の家庭でよく使われている食材や料理を調べるのに活用され、絵本の内容を、消費者の現実生活に近づけるのに一役買っている。
一般的な知育本や学習教材と異なり、親にメリットがあるのも特徴だ。例えば大根がテーマの1冊では、部位によって味が異なり、適する料理が違うことなども描かれる。「『カットされてスーパーで販売されている大根はどの部分を買えばよいか分からない』という親の声に応える内容にしました」
2020年1月末に計画していた目標会員数を達成したが、予想外だったのが、解約率の低さだという。その理由について、小宇根さんはこう分析する。「こちらが工夫して伝えたいと思っていることがきちんと伝わっている手応えがあります。例えば、『子どもが嫌いだった大根を食べるようになりました』『スーパーでどの部位を買うか意識するようになりました』などの感想が寄せられています。それぞれの家庭で目に見える変化が起きて、その経験がユーザー満足度につながっているのかなと思います」
(取材・文 小林浩子=日経DUAL編集部)
[日経DUAL 2020年3月13日付の掲載記事を基に再構成]
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