これこそライブ配信だ 「30時間ドラム演奏」に震えた
立川吉笑
昼は茹(う)だるように暑いのに、夜はひんやり肌寒いこの時期が好きだ。梅雨が本格的になるまでのわずかな間を毎年楽しみにしている。
今月に入って落語会の仕事が少しずつ戻ってきた。久しぶりにお客様と向かい合うのはなんだか照れ臭くて、慣れるまで目のやり場に困った。何よりも拍手や笑い声が返ってくることがうれしくてたまらない。
それでも当然ながら元通りになったわけではない。密接な空間にしないよう間隔を空けて座席を配置するため従来のキャパの30%くらいしか動員することができない。当面は少人数での落語会を開催しながら、その模様を有料配信することで目減りした売り上げを確保していくことになりそうだ。毎月やっている談笑一門会もそのような方向で調整を進めている。
ネット配信、ライブか収録か
3月末から積極的に配信を行ってきた。やればやるほど痛感するのは「生配信の難しさ」だ。事前に収録したものを配信することに関してはとりあえず技術的な壁はほぼ無くなったけど、生配信になると途端にトラブルが増える。ほとんどの原因はネット回線の問題だと思われるけど、それを事前に予防することがどうしてもできない。配信に慣れたプロの業者が取り仕切る案件でさえ同じようなトラブルに見舞われるほど、とにかく生配信になると途端にスムーズな配信が難しくなる。
そんなこともあって、僕はある時点から生配信でなく収録配信の割合を増やすようにした。リスクを減らすためでもあるし、またしっかり考えてみたら生配信のメリットってそんなに無いんじゃないかとも思ったからだ。
生配信のメリットとしては「時間を共有していることによる一体感」とか「双方向のやり取り」だと思うけど、落語という芸の特性上(従来通りの落語を配信すると)落語をしゃべり始めた後は双方向のやり取りはできなくなる。ひとまず今の自分としては配信トラブルのリスクを補って余りあるメリットが生配信に感じられない。
そんな中、生配信の持つ圧倒的な力強さを体感させてくれる配信が先日あった。前書きが長くなったけど、今回は僕が震えた「GEZAN」というバンドの「石原ロスカル30時間ドラム配信」を紹介したい。
4年ほど前にこの連載でも書いたけど、20歳のころ「銀杏BOYZ」というバンドに夢中だった。曲は当然としてそのほとばしる熱量に打ちのめされた。そしていま、GEZANに同じようなほとばしる熱量を感じている。特にここ数年の眩(まばゆ)さは格別で、いま一番注目すべきバンドだと思っている。
そんなGEZANが先月末に行った生配信。それはドラム担当の石原ロスカルさんが30時間ひたすらドラムをたたき続けるだけのものだった。水分補給や食事もメンバーやスタッフが補助することでロスカルさんはひたすらビートを刻み続ける。トイレ休憩もウッドブロックのような持ち運びできる打楽器に切り替えてリズムをとりながらギリギリまでカメラが着いていく徹底ぶり。
「どうしても意味あることが求められがちな現状にあって、意味のないことに全力を尽くしたい」というような理由でこの配信をやることにしたとおっしゃっていたけど、まさにドラムを30時間連続でたたいたところで何の意味もない。僕自身もGEZANは大好きだけどこの配信については特に気に留めてもいなかった。
最初はぼんやり見ていたが
生配信が始まってしばらくは、メンバーの方がリズムに合わせて踊る様子が画面に入り込んだり、一緒になってドラムをたたいたりする様子が新鮮で、自分の仕事の合間に見るともなく見ていた。ゲストミュージシャンとのセッションあり、お手洗いタイムありと、企画もちりばめられていて楽しんでいたけど、正直ぼんやりと見ていた感じだ。
僕の中で潮目が変わったのは始まって4時間後くらいのことだった。ドラムセットから立ち上がったロスカルさんが鼓笛隊のような小太鼓を肩から下げ、ビートを刻みながら突然歩き始めた。他のメンバーもスティックを手に持ち、ガードレールや地面をたたいてリズムをとりながら一緒に歩いていく。カメラも同行してその様子が生配信される。
たまに車が通る田舎道をビートを刻みながら歩いていく姿は音楽そのものだなと思ったし、実際にそういうコメントがチャット欄に流れていた。結構な時間がたち、気づけばアスファルトの道から原っぱ、そして藪(やぶ)の奥へと景色が変わっていく。さながらどこかの部族の儀式のようだった。次の瞬間視界が晴れて、目の前には大きな海が広がる。波の音と沈む太陽をバックに音楽が鳴る。東京の自宅にいながら気づけば僕もそこにいるみたいだった。
なぜかみんなでカレーを作る慣れない料理パートがあったり、朝焼けの中での演奏があったりしながら、24時間を超えたあたりからはシンプルにロスカルさんがドラムをたたき続けるパートが数時間続いた。超絶技巧が繰り広げられているとはいえ、ただただドラムが鳴り響くだけの時間。正直、映像としての面白みはない。それでも、僕はもう目が離せなくなっていた。これが生配信の持つ力なのかと痛感した。「何が起こるか分からない」「何かが起こりそうな気がする」。そんな事件性をはらんだ配信の求心力はすさまじいものがあった。
クライマックスシーン。陽が落ちる砂浜でGEZANが渾身(こんしん)のライブを繰り広げている。重く歪(ひず)んだギターの音に心を引っかかれながら、生配信をやるならこれくらいの熱量や事件性を閉じ込める気概がなくちゃいけないんだなと気付かされた。
本名は人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。軽妙かつ時にはシュールな創作落語を多数手掛ける。エッセー連載やテレビ・ラジオ出演などで多彩な才能を発揮。19年4月から月1回定例の「ひとり会」も始めた。著書に「現在落語論」(毎日新聞出版)。
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