アーティスト・諏訪綾子さん 両親が食への好奇心刺激

すわ・あやこ 1976年石川県生まれ。金沢美術工芸大学卒業後、2006年から「food creation」を主宰。表現の媒体に食を用いて、体験者に新たな発見や問いをもたらす。展覧会を多数開催。

著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回はアーティストの諏訪綾子さんだ。

――ご両親は共働きだったそうですね。

「二人とも公務員で、母は保育士、父は県庁職員として働いていました。母は夜遅く帰宅しても短時間で5~6品の料理を作るなど、手際の良さに感動していたのを覚えています。趣味のレザークラフトでは教室を開くほどの腕前。幼いころは、一緒に作品を作ったりもしました。なめした革1枚から自分の発想次第で何でも作れる、創作の面白さを教えてくれました」

「父は保健所などで食品の衛生管理を長らく担当しました。家の食事にいつも気を配り、食卓に並んだ料理は加熱するなど安全に配慮したものばかりでしたね」

――食を通して表現する、ご自身の創作活動につながっていますか。

「両親がリスクを避けて加熱済みの料理を出してくれたからこそ、食材への好奇心や欲望などが刺激された部分はあると思います。共働きで両親が不在がちだったのも大きいかもしれません。実家から森と海が近く、いつも自然豊かなところで遊んでいました。浜辺には打ち上げられたものや木の実など、不思議なものばかり。大人なら海藻やくらげの死骸などとわかりますが、両親の答えをすぐもらえなかったので、想像力をたくましく働かせざるを得なかったのです」

「未知なるものに触れるなかで、食べられないかと考えることもありました。ただ、最初に危険を顧みず口に入れた誰かがいたから、安全だとわかって食卓に並んでいるのだとの思いに至りました。人間の食への探究心が太古の昔から積み上げられ、今の食文化が形作られたんだなと」

――ご両親がそばにいないと、寂しくなかったですか。

「幼心に寂しく感じたことはあります。友達は明かりのついた家に迎え入れられるのに、私は鍵を開けて自分で電気をつけ、静かな部屋で両親の帰りを待つ日々。正直、友達がうらやましいと思うことはありました」

「その分、家族一緒に過ごせる休日は思いっきり楽しみました。自分で企画を考えて家族や友達を巻き込んで遊ぶのが好きだったのですが、父は何にでも付き合ってくれました。自由研究に火の玉を選んだり、家に友達を呼んで焼き芋を作ったときも、面倒くさがらずに手伝ってくれました」

――芸術の道に進むと決めたときの反応は。

「美大を受験することはいっさい両親に相談しませんでしたが、打ち明けたら『やりたいようにやればいい』と背中を押してくれました。幼少期から私がとれる選択肢を広く与えてくれていたように感じます。私を信頼してくれただけでなく、親の評価を気にせず自分の意志で進路を決められるよう育ててくれたと感謝しています」


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