同じ仕事、あと30年できる? 5年悩んでベンチャーへ40代からのキャリアチェンジ(上) レタスクラブ元編集長 松田紀子氏

大企業から生まれたてのベンチャーへ

多くの先輩方が「転職をするならぎり45歳までだよ」と口を酸っぱくして言っていたことも、今は「なるほど、こういうことか」と実感しています。40代なら、まだまだ自分の無能さと対峙しながらも、なんとかリカバリーできる体力や精神力が残っていますから、しんどいことがあっても「今が一番楽しい」と踏ん張れるのではないかと感じています。

レタスクラブ編集長時代。誌面改革に取り組み発行部数をV字回復させる

私自身が転職をぼんやりと意識しはじめたのは、40歳を過ぎた頃でした。誤解のないようにお伝えしておくと、私は決して出版業界が嫌になって転職したわけではありません。編集長という仕事はとても楽しかったですし、やりがいしかなく、そのまま続けることもできたと思います。

でもそのときは、「今の古ぼけた自分のままでは定年を迎える年齢までに力尽きてしまう。何かを入れ替えて刷新しなくちゃ」という、「出所不明な焦燥感」に胸をかきむしられていました。

編集者という仕事を愛している。コンテンツを生むことも部下を育てることも、ひととおりできるようになった。目標だった編集長も経験できている。それでも「今の自分には何か足りない」、そんな気持ちでした。まあこれは、ストレングスファインダー(才能診断)1位が「最上志向」である私のサガのようなものなので、仕方ないのですが。

ある程度働いて、役職をいただいて、「これで安泰!」と思った瞬間から、心身の老化が始まるのかもしれません。私は自分がまったく成長できていないような、甘えたようなもどかしさや、苦しさを感じるようになりました。

今から1年前の45歳の時、私はKADOKAWAを退社し、ベンチャー企業のファンベースカンパニーに転職する決心をしました。ここは、「ファンベース」の考え方をとりいれて実践したいクライアントさんに伴走する会社です。ファンと向き合い、そのクライアントさんの「よいところ」を伸ばし、もっとファンに喜んでもらうお仕事。その結果、クライアントさんにも自信がみなぎり、事業がさらに成長することをお手伝いしています。

私自身は編集職という経験を生かし、ファンの心情の言語化や、ファンのツボに沿ったプランニングや企画構成など、「ファンベースで編集する」という感覚で臨んでいます。

転職「モヤモヤ期」に私がやった3つのこと

40代になり「出所不明な焦燥感」に襲われるようになってから、すぐに転職を決心して行動できたわけではありませんでした。実際に転職するまでに、私は5年かかりました。

転職に悩みモヤモヤしていた時期に通っていたコミュニティー「さとなおオープンラボ」の仲間たちと(中央列真ん中)

転職までの「モヤモヤ期」は今思えば結構長い時間でしたが、でも、今の私につながる大事な大事な時間だったと思います。

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