日経ナショナル ジオグラフィック社

大きな個人差がワクチン開発の壁に

ウイルスの持続期間が明らかになれば、新型コロナウイルスへの再感染の有無や、持続的な免疫は得られるのか、患者をいつまで隔離する必要があるのかもはっきりする。

現時点では、症状が長引いていると思われる症例は、再感染ではないと考えられている。韓国疾病対策センター(KCDC)は5月19日、回復してPCR検査の結果が陰性となった後に、再び陽性となった285人の患者の濃厚接触者を追跡した結果を発表した。調査では、再陽性となった人が他の人を感染させたことを示す証拠は見つからなかった。つまり、感染力をもつウイルスがまた新たに感染したとは考えにくい。

「通常、急性ウイルス感染症から回復するときには、ウイルスを除去するために、免疫系は感染細胞を殺してしまいます」と米ジョンズ・ホプキンズ大学ブルームバーグ公衆衛生大学院のウイルス学者ダイアン・グリフィン氏は説明する。だが、ウイルスが神経細胞のような寿命の長い細胞に感染した場合、その細胞を殺すわけにはいかない。その場合は「すべてのウイルスゲノムを取り除くことは不可能です」と氏は言う。つまりウイルスは長期にわたって体内のどこかに潜伏することになる。

免疫が長続きする鍵を握っているのは、実はウイルスのこうした持続性なのかもしれない。グリフィン氏によれば、ウイルスが大量に体内で広がっていなくても、少数の細胞がウイルスのタンパク質を作り続けていれば、その断片が体に免疫反応を維持させ、再び病気にならないようにする可能性があるという。

同じことは、寿命の長い神経細胞を主要な標的としない麻疹(はしか)のような感染症にも当てはまる。グリフィン氏がサルで研究を行ったところ、サルが麻疹から回復してから半年間、免疫系のリンパ球という細胞からウイルスRNAが見つかった。麻疹ウイルスは、人間の細胞内ではもっと長期にわたって持続する可能性があると氏は言う。いちど麻疹になると一生免疫が持続するが、グリフィン氏は、RNAの持続によって説明できるのではないかと考えている。

他の研究者もこの説に同意している。「私たちは慢性的に感染しているので、免疫系の一部がそのまま保たれているのです」と、米ウィル・バイオテクノロジー社のスキップ・バージン副社長兼最高科学責任者(CSO)は話す。

一方、「持続的な免疫作用」は、新型コロナウイルス感染症患者に害をなすおそれがあり、ウイルスを排除しようとする免疫系が暴走して体にダメージを与える「サイトカインストーム」に関係しているかもしれないと、米国立衛生研究所(NIH)傘下の国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)の臨床部長アビンドラ・ナス氏は指摘する。このような免疫の働きは、再発の可能性や、一部の長期的な合併症の説明に役立つかもしれないとナス氏は言う。

しかし、ウイルスの持続性や患者の免疫には大きな個人差があり、これがワクチンの開発や利用を困難にする可能性がある。「同じウイルス粒子がすべての人に同じ影響を及ぼすわけではありません」と、米スローン・ケタリング記念がんセンターの腫瘍内科医で、一度感染した病原体の情報を記憶して発揮される獲得免疫が新型コロナウイルス感染症の回復にどう役立つかを調べているサントッシュ・バルダナ氏は話す。氏によれば、全員に有効な免疫を作り出すワクチンがほとんどないのはそのせいだという。

反応の多様性は、患者を隔離すべき推奨期間の設定も難しくする。米CDCは現在、入院していない新型コロナウイルス感染症の患者は、体調不良を感じはじめてから少なくとも10日間、熱が下がってからは少なくとも3日間は自己隔離するよう推奨している。無症状の場合は、陽性の検査結果が出てから10日間となる。

ワクチン開発のためにも、より良い治療のためにも、「新型コロナウイルスに対する免疫反応を、もっと複雑なものとして考えなければなりません」とバルダナ氏は話した。

(文 LOIS PARSHLEY、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2020年6月8日付の記事を再構成]

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