AIで「失った声」を取り戻す 東大生チームの挑戦東京大学大学院修士2年 竹内雅樹さん

ワークショップに参加するALSの患者は30~40歳と若い人が多い。「大変な中でも前向きにSNSやイベント、テレビなどで情報発信していこうという姿勢に自分も励まされた」と竹内さんは振り返る。声の録音などを手伝う中で、患者たちの力になりたいとの思いを強くする。

Syrinxのメンバー、松藤圭亮さん、安在師さん、李根学さん、小笠原佑樹さんとは、東京大学大学院に進学後、「本郷テックガレージ」で出会った。東大の産学協創推進本部が運営するプロジェクトスペースで、機材や工作機械を利用できるだけでなく、プロダクトの課題解決のために研究者のアドバイスをもらうこともできる。

松藤さんと安さんはもともと、ささやき声のようなものでコミュニケーションをとるための研究をしていた。その技術が何に役立てられるのかがわかっていなかったが、2人は音声の研究に関する論文をたくさん読んでいて、どんな技術があるかという知識が豊富だった。そこに自分の持つ課題を組み合わせれば患者の役に立つ製品を作ることができると考え、竹内さんが2人に開発チームの立ち上げを提案した。副リーダーの安さんは電気回路やユーザーが使いやすいソフトウエア作り、松藤さんは信号処理を担当。プロジェクトの途中で、安さんの後輩である李さんと、義手の設計をしている小笠原さんも合流し、ハードウエアの意匠デザインや3Dプリンティングを担当している。

5人となったSyrinxで生まれた、ハンズフリーの電気式人工喉頭(EL)。ELは抑揚をつけることができないため、無声音が聞きとりにくいという難点がある(「か」や「さ」が「が」や「ざ」に聞こえてしまう)。これをなるべく人の声に近づけるために、声の部分は機械学習の仕組みを利用していて、色々な人の声を機械学習のデータに登録。使用する前に過去の自分の声も登録しておき、そこから過去の声を元に振動音を作るようになっている。

医師や専門家も巻き込む

今年はコロナの影響で中止になってしまったが、米国で開かれるテクノロジーと音楽・映画の祭典「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」にも挑戦するはずだった。SXSWのTrade Show(展示会)への出展を目指す学生・卒業生を応援する東大のプロジェクト「Todai To Texas(TTT)」を統括する産学協創推進本部のディレクター・菅原岳人さんはSyrinxをこう評価する。「Syrinxは20年間イノベーションがないプロダクトを技術でアップデートしようとするアイデアのみならず、とにかく行動力が素晴らしいです」

東大のプロジェクト「Todai To Texas(TTT)」を統括する産学協創推進本部のディレクター・菅原岳人さん

実際、Syrinxは東大病院の医師や信号処理の専門家、福祉工学の専門家などからアドバイスをもらいながら技術開発を進めている。喉頭摘出者の支援団体である「銀鈴会」の協力でユーザーへのインタビューも頻繁に行う。ハンズフリーで初心者も使いやすいと「銀鈴会」も評価している。しかし本気で実用化に取り組む竹内さんは、現状に満足していない。「今後の改善点としては、声の印象がまだ人間の声とは離れてしまっているため、機械学習の部分を改めて強化する」と意気込む。

今後の方向性については完成度を高めるべく、しばらく研究開発を続けてデバイスの質を上げようという話でメンバー間でまとまったそうだ。ただ、竹内さんとしてはいずれ会社を立ち上げてビジネスでやっていきたいと考えている。「今は新型コロナもあり、何が起こるかわからない状態で、起業や新しいことをやるというのはリスクがあると思われるかもしれませんが、そうじゃない。リスクがあっても自分たちがやりたいことをやると、ここまで開発することができて、大きな舞台にも出られ、周囲の人々にも勇気を与えられる」と竹内さん。

たまたま学んだ先に、声を失った人の支援という道にたどり着き、医者ではなくても、何らかの症状に悩む人に寄り添えることを実感した。まずは新しいELの完成と普及を目指すが、将来的には「他の病気によって不便を抱える人の課題も、技術で解決していきたい」と夢を膨らませる。

(天明麻衣子)

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