AIで「失った声」を取り戻す 東大生チームの挑戦東京大学大学院修士2年 竹内雅樹さん

研究チーム「Syrinx」リーダーの竹内さん(写真左)と副リーダーの安さん
研究チーム「Syrinx」リーダーの竹内さん(写真左)と副リーダーの安さん

病気などで声を失ってしまった人たちの声を取り戻したい――そんな難題に挑む現役学生がいる。東京大学の大学院、工学系研究科に在籍する修士2年の竹内雅樹さんだ。人工知能(AI)の仕組みも活用し、ハンズフリーの電気式人工喉頭(EL)を開発する研究チーム「Syrinx」のリーダーで、病院や専門家と協力しながら実用化に向けて奔走する。一学生がなぜ医療技術の道に進んだのか、その軌跡を追った。

5月20日、竹内さんはパソコンの前で「Microsoft Imagine Cup」の結果を固唾をのんで待っていた。米マイクロソフトが主催する学生の開発コンテストの世界大会で、毎年3千チーム以上が出場し、世界中の起業を目指す学生にとって登竜門のイベントとなっている。今年は新型コロナウイルスの影響でオンラインでの開催となった。

準優勝という結果に、まずは悔しさをにじませる。「技術だけでなく、今後の展開としてビジネスモデルをもっとちゃんと伝えられればよかった」と振り返る。ただ準優勝の反響は大きく、「ホームページの問い合わせのところにも、ニュースを見て、家族や知り合いが喉頭がんで声を失ったので製品について知りたいという声が届いた。知ってもらえる機会になった」と語る表情は明るかった。

授業でALSなどの患者に出会ったことが転機になったという竹内さん

竹内さんらが開発するのは、あご下周辺に当てた振動を口の中に響かせ、舌や口の動きで振動音を言葉にして発声することができる小型機械だ。喉頭がんなどが原因で、世界では毎年30万人、日本では4千人が声を失っているとされ、そうした患者に使ってもらうことを想定している。今までも、片手で持つ棒のような形の電気式人工喉頭(EL)は存在していたが、片手がふさがってしまううえに、喉への当て方に習熟が必要という不便さがあった。

そこでSyrinxは、首輪の形をしたデバイスを考案。2つの大きな白い球が声帯に当たるよう内側に取り付けられており、首にはめるだけですぐにフィットして使えるようになる。筆者も試作品を装着してみたが、まるで2本の指で喉元をしっかりと押さえられているようだ。

大学の授業で初めて出会った、声を失った人たち

竹内さんの身近に声を失った人がいたわけではない。その原点は、慶応義塾湘南藤沢中等部・高等部に通っていた頃にさかのぼる。バスケ部に6年間所属していたが、「バスケの才能があまりないことは自分でもわかっていた」。ベンチに入れるのは15人。うまい後輩や同期はたくさんいる。どうすればチームの役に立てるのか考えた末、最後の1年間はマネージャーに専念することにした。

そんなバスケ部生活を支えてくれたのが音楽だった。「部活や学校でつらいことがあると、中島みゆきさんの楽曲を聞いて救われていました」。同時にテレビを通して耳の不自由な人のことを知り、「彼らも音楽を聴けるデバイスがあれば世界がさらに広がるのではないか」と、音声への興味が芽生えた。

「声を失った人の助けになるために動こう」と決めたのは、慶応義塾大学理工学部に進学してから。きっかけは、一年生のときに受けていた、音について学ぶセミナー授業だ。そこにゲストスピーカーで登場したのが、慶応義塾大学言語文化研究所に所属する川原繁人准教授だった。川原准教授は、都立神経病院・作業療法士の本間武蔵さん、自身も脳性麻痺の障がいを持ちながらプログラマーとしてソフトウェア開発をする吉村隆樹さんとともに、「マイボイスワークショップ」を主催している。ALS(筋萎縮性側索硬化症)などによって将来的に声が失われるであろう患者に対して、その前に声を録音しておくことで、声が出なくなった後も自分の声でコミュニケーションをとれるようにするという取り組みだ。

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医師や専門家も巻き込む