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元俳優という異色の経歴を持つ猿田彦珈琲社長の大塚朝之さん

スタバに救われた青春時代 俳優あきらめコーヒーの道へ

「自分の存在価値すら疑い、ノイローゼ気味になって、人としゃべれなくなったんです。(東京都調布市の)実家近くにあるスターバックスコーヒー仙川駅前店に毎日のように通って、そこの店員さんと話すのが精神的なリハビリになりました」

店員は大塚さんのバックグラウンドを知るよしもない。雑談はたわいもないものだが、ホスピタリティーあふれる接客に当時の大塚さんは「本当に救われた」という。これが猿田彦の原点となった。

俳優業は25歳で見切りをつけ、友人の紹介でコーヒー専門店「南蛮屋」の店で働き始めた。ここでコーヒーの味わい深さを知り、サービスマンの資格を取得。紙カップでスペシャルティコーヒーを提供するノルウェーの人気カフェ「ヤヴァ」の存在を知ると、同じスタイルの店を出したいと幾度も企画書を提出した。だが提案は通らず、大塚さんは独立を決意する。11年6月の1号店開業は資金不足に悩まされたが、若者や周辺で働く人々が押し寄せた。

2011年6月8日の開業を控えた1号店(恵比寿本店)。資金不足のなか、友人らの手を借りて内装を整え、プレオープンにこぎつけた

第3次コーヒーブームとされる「サードウェーブ」が日本で認知されたのは、本場米国より数年遅れの2013~14年ごろ。猿田彦の開業がこれに先立つことから、大塚さんは「サードウェーブの旗手」としてカリスマ視される。コカ・コーラグループは14年、缶コーヒー「ジョージア ヨーロピアン」のリニューアルに際し猿田彦に監修を依頼し、大塚さんもCMに出演した。疾走は、まさにこの年に始まった。翌15年2月に仙川で約200平方メートルの2号店を開業。立地は思い出深いスタバのすぐそばだ。17年には東京・調布市に旗艦店の調布焙煎(ばいせん)ホールがオープン。18年9月に進出した台湾には3店を展開している。

17年に開業した調布焙煎ホールでは大小5台の焙煎機が稼働中。猿田彦が扱うすべての豆をここで焙煎している。ロースタリーカフェもある旗艦店だ

その勢いを象徴するのが19年3月の三菱商事による約5億円の出資だ。ブランドと成長力を見込んで海外展開にも協力する算段だった。だが、その矢先のコロナショック。三菱商事からのプレッシャーはないのか。

「まず三菱商事には、ブランドと雇用を守るため協力してほしい、と話しました。幸い、プレッシャーは全くなく、応援してくれています。アジア進出への期待はまだあります。僕たちも台湾で自信がつきました。あと数カ国で実験したいですね」

小休止したとはいえ、走ることをやめたわけではない。そして、日本であろうと海外であろうと、よって立つものは変わらない。

コーヒーブーム収束後、徐々に進むと見られた専門店の淘汰は、コロナショックで加速するかもしれない。そしてあらゆる業者が、コロナ後の生き残りの条件を思案する。価格と品質のバランス、地域への密着度、物販・卸売りの充実……。一つだけいえるのは、ホスピタリティーとは猿田彦だけにとっての原点ではないということだ。情緒的、定性的で測りにくいものではあるが、磨けば磨くほど集団の足腰は強くなる。原点回帰は、早ければ早いほどいい。

(名出晃)

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