サファリとはアラビア語で「旅」を意味します。サファリスーツはいうまでもなく狩猟服ですから機能第一。また、アフリカなどの酷暑の地域のジャングルで着るものですから、夏服には最適のデザインなのです。

1994年8月、新生党党首として参院愛知再選挙の応援に駆けつけ、省エネルック姿で演説する羽田孜氏(右から2人目)。羽田氏は省エネルックの推進派だった(名古屋市)=共同

第一、見た目にリッチな印象があります。作家のヘミングウェイはサファリの経験をもとにいくつかの名作を書いていますが、その中で、サファリは専門のガイドを用意する必要があり、豪華客船に乗るくらいの高額な費用がかかると書いています。ヘミングウェイ自身はスーツをはじめとするサファリの道具一式を「アバクロンビー&フィッチ」で調達したと伝えられています。当時の「アバクロンビー&フィッチ」は、庶民には高根の花の超高級店だったのです。

シュッとしたモデルが白麻を着れていれば…

正式な着方は、サファリシャツの上にサファリスーツを重ねます。サファリシャツは開襟、半袖で、機能的に仕上げられています。サファリスーツに向く帽子はピス・ヘルメット。あのアフリカ探検隊がかぶるような帽子のことです。なお、最初のサファリシャツ、サファリスーツは白麻だったと思われます。白麻のサファリスーツならば、日本の盛夏のビジネスウエアとしては最適ではないでしょうか。

省エネルック姿でイベントに登場することも多かった羽田孜元首相。左は俳優の小坂一也さん(1994年7月)=共同

大平氏が尊敬していた政治家のひとりが吉田茂元首相です。吉田氏は世界のどこに出しても恥ずかしくない服装をしていました。盛夏には、必ず白麻の三つ揃いのスーツを着こなし、シャツはウイング・カラーと決まっていました。日本の夏には白麻のスーツが似合うのです。

とはいえ、日本の夏は暑く、しかも湿度が高いのが特徴です。スーツは英国で生まれた代物です。そもそも寒冷地で生まれたスーツを亜熱帯気候の中で着ようというところに無理があるのです。その意味においては、省エネルックの発想には大賛成です。日本の盛夏には、それにふさわしい服装があってしかるべきでしょう。地球の温暖化が進むなかで、クールビズが定着したのは当然の帰結と言えるのです。

羽田孜氏の半袖スーツには襟の形が違うバージョンも(1998年の民主党幹事長時代)=共同

では、根本は同じ発想でありながら、なぜクールビズは定着し、省エネルックは残念な結果に終わってしまったのか。第一に挙げられる理由はネーミングでしょう。いっそのこと「サファリスーツ」とでもすればよかったのです。

サファリスーツとするならば、デザインにさらにもう一工夫あってもよかったのかもしれません。袖を切っただけ、という印象は、アピールする側の本気度を疑わせてしまいます。そして、モデル。にこやかにカメラに納まる大平氏の姿は、その人柄が存分ににじみ出ていてほほ笑ましいのですが、一般の人に普及させたいのなら、別のモデルも用意しておいてもよかったのかもしれません。

自分が先頭に立って国民にアピールしよう。そんな大平氏のサービス精神に、周りが忖度(そんたく)してあえて別モデルを用意しなかったのでしょうか。もしそうであったなら、大平氏の人柄があだになってしまったのかもしれませんね。

出石尚三
服飾評論家。1944年高松市生まれ。19歳の時に業界紙編集長と出会ったことをきっかけに服飾評論家の元で働き、ファッション記事を書き始める。23歳で独立。著書に「完本ブルー・ジーンズ」(新潮社)「ロレックスの秘密」(講談社)「男はなぜネクタイを結ぶのか」(新潮社)「フィリップ・マーロウのダンディズム」(集英社)などがある。

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