激痩せの理由
論文では、タイセイヨウセミクジラが痩せている理由として3つの可能性が指摘されている。
1つ目は漁具だ。研究によると、タイセイヨウセミクジラの85%以上が、一生に少なくとも一度は漁網や釣り糸などの漁具に引っかかるとされている。2017年から20年までの間に、こうした漁具によって7頭のクジラが死亡した。これは生存頭数の約2%にあたる。

漁具によって命を落とすクジラもいるが、多くのクジラは漁具に絡まっても生き延びる。重いロープを引きずって泳ぎ回るうちに、多くのカロリーを消費してしまうのだ。
2つ目は船の往来だ。17~20年に9頭のクジラが船と衝突して死亡しているが、船の騒音もストレスの原因となり、クジラを消耗させている。
最後の理由は、海の温暖化により、タイセイヨウセミクジラの主食であるカイアシ類(微小な甲殻類)が北に移動してしまっていることだ。これにより、1日に約1トンの餌を食べなければならないタイセイヨウセミクジラは、餌を求めて保護海域の外に出なければならなくなり、船と衝突したり漁具に絡まったりしやすくなっている。
母子のストレスを減らせ
論文の著者たちが驚いたことに、生後4カ月未満の子どもでは、タイセイヨウセミクジラの体格はミナミセミクジラに比べて悪くなかった。対照的に、未成熟の個体になると、タイセイヨウセミクジラはミナミセミクジラに比べて有意に痩せていることがわかった。
このことは、タイセイヨウセミクジラの母子に及ぼすストレスを人間が減らすことができれば、子クジラはもっと健康的に成長する可能性があることを示唆している。
現在、タイセイヨウセミクジラの保護の強化を目指し、米海洋漁業局などの連邦政府機関やマサチューセッツ州に対して、いくつかの訴訟が進められている。目的の1つは、ロブスター漁の漁具に絡まるクジラを減らすことだ。
「生後3カ月の子クジラを隣の母クジラと比較すると、すでに半分ほどの大きさになっています。痩せ細った母クジラが、こんなに巨大な子どもに授乳しながら生きているとは、信じられません」とクリスチャンセン氏は話す。「彼らは限界まで追い込まれているのです」
(文 HALEY COHEN GILLILAND、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年5月27日付]