
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的な大流行)が沈静化しつつある国では、経済活動が再開し始めている。列車やバスも再び走り始めた。ただ、以前とは様子が違う。人々は乗車賃を払うのに接触を避け、車両には仕切りが設置され、座席には間隔を空けて座る。車の運転席の窓は開いていて、運転手と乗客は透明なビニールカーテンで分離されている。
列車やバスの混雑緩和には、スマートフォンのアプリが一役買っている。自転車通勤や徒歩通勤、在宅勤務を選ぶ人が増え、米国では満員列車はパンデミック以前の伝説になった。
未来を見通すことは不可能だが、交通や公衆衛生の専門家の話をきくと、パンデミックは都市交通システム改革と都市再生の機会をもたらすばかりか、感染症や慢性疾患を撃退する好機だと感じる。ロックダウンされた都市では公共交通機関は危機に陥っているが、「戦略的投資」「創造的思考」「新技術」を組み合わせれば人々が安心して交通機関を利用する日は再び来ると、米ミネソタ大学ツインシティー校で都市計画の研究を行うインリン・ファン氏は予想している。「もちろん課題は山積みですが、チャンスでもあるのです」
パンデミックが交通システムを魅力的に変える可能性すらある、と話す専門家もいる。
交通コンサルタントとして国際的に活躍するジャレット・ウォーカー氏は「交通の歴史を振り返ると、暫定的だったものがやがて定着して恒久的な手段となった例がたくさんあります」と説明する。
車は健康的ではない
公共交通機関の目的は、いうまでもなく大勢の人を運ぶことだ。しかし、これでは混雑が常となり、感染症拡大のリスクは高まる。2008~09年のインフルエンザシーズンに数十人を対象にした英国の研究では、バスや路面電車を利用する人は、そうでない人に比べて、急性呼吸器疾患で医者にかかる確率が6倍近くに達することがわかった。
こう聞けば、車を利用すればいいと考えるのが自然だろう。だが、車の利用も慢性疾患のリスクを高めると、交通と公衆衛生を専門とするカナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学のローレンス・フランク氏は言う。フランク氏らは04年の研究で、1日に車の中で過ごす時間が1時間増えるごとに、肥満のリスクが6%高まることを突き止めた。肥満は糖尿病や心疾患の危険因子で、どちらもCOVID-19の合併症リスクを上昇させる。
「慢性疾患をもつ人が一人でも減ってほしいと思っています。そうすればパンデミックが起き、感染したとしても、生き延びられるでしょう」とフランク氏は話す。「現実的な問題は、慢性疾患と感染症の両方に対応できる未来をどのように構築するかです」
フランク氏によれば、都市の人口密度が下がる可能性は低く、また「下がるべきでもない」という。フランク氏の研究では、密集地域、歩きやすさ、店舗の近さ、公共交通機関へのアクセスといったことが糖尿病、心疾患、ストレスの少なさと関係しており、医療コストの削減にもつながるとしている。