今だからできること 初オンラインライブ(井上芳雄)
第69回
井上芳雄です。初めてのオンラインライブが決まりました。6月6・7・8日の21時から「井上芳雄・大貫祐一郎 Presents『井上芳雄 by MYSELF』オンライン・スタジオライブ」と題して、TBSラジオのスタジオで収録した映像を3夜連続でYouTube(HarmonyJAPAN Channel)の配信でお届けします。今の時期だからできることにチャレンジします。
ちょうどこの時期、6月4・5・6日には僕のラジオ番組『井上芳雄 by MYSELF』のスペシャルライブが東京国際フォーラムホールAで予定されていました。ぎりぎりまで開催の可能性を探ったのですが、5000人を収容する会場なのでやはり今は難しく、秋以降に延期となりました。やれるときになったらやりたいという気持ちは持ち続けています。その思いをつなぐためにも、本来はライブをやっていたであろう期間に代わりのイベントをオンラインでやりたいと、1カ月くらい前からスタッフと相談してきました。
場所は、ライブハウスでの無観客ライブや、スペシャルライブのけいこ用に押さえていたスタジオといった話もあったのですが、最終的にTBSラジオのスタジオが使えることになりました。なので普段の番組を録(と)っているように、ピアニストの大貫さんの生演奏にあわせて僕が生で歌って、その映像を毎回30分くらいに編集して配信する予定です。
歌は1回のライブで2曲ずつ歌おうと考えています。1曲は皆さんが知っているポップスやミュージカルのナンバーで、もう1曲は番組から生まれたオリジナル曲。すでにリスナーの方々のエピソードを基に作った『幸せのピース』と、僕が詞を書いた『とおくから』という2つの番組発の曲があるのですが、さらに新曲を披露したいと準備を進めています。緊急事態宣言で家にいた2カ月くらいの間に、大貫さんが2曲のメロディーを作ってくれました。スペシャルライブの構成をしてくれているミュージカル俳優仲間の安倍康律くんと一緒に詞を書いている最中です。
東京国際フォーラムのスペシャルライブには、6月4日は浦井健治くん、はいだしょうこさん、5日は石丸幹二さん、島田歌穂さん、6日は中川晃教くん、田代万里生くん、坂元健児さんと、それぞれの日に違うゲストを7人お呼びしていました。その方々からいただいたメッセージを紹介するコーナーも予定しています。
ラジオの収録スタジオで撮るといっても、僕も大貫さんもこの2カ月はずっと自宅にいたので、スタジオに行くのは久しぶりです。アクリル板で仕切られていたり、スタッフの人数も最小限ということなので、今までとは様子が違うのでしょうね。
毎週日曜の夜10時からTBSラジオで放送している『井上芳雄 by MYSELF』は、今年の4月から4年目に入りました。ミュージカル俳優の僕がラジオの番組を持つようになるとは思ってもいなくて、機会をいただいて始めた番組です。やってみると、とても大事な表現の場であり、発信の場となりました。それは、大貫さんというパートナーがいてくれたことがとても大きかったし、声をかけてくれたディレクターの秋山瞬さんの存在もそうです。僕と大貫さんと秋山さんはほぼ同年代で、自分たちが面白いと思うことをやってみよう、という場ができたのが、ラジオを始めて一番良かったことです。その意識は、番組を始めたころよりも、今のほうが大きくなっている気がします。
コロナ禍で演劇公演やコンサートが次々と中止や延期になるなか、この2カ月やり続けた仕事はラジオだけです。スタジオに行けなくても、4、5月は自宅からのテレワークで収録を続けました。まさかそんな期間がやってくるなんて思いもしなかったけど、あらためてラジオってすごいと感じています。
番組で歌った曲は200を超えるのではないでしょうか。ミュージカルの曲がいいかなとか、ポップスがいいかなとか、オリジナルを歌ってみようとか、みんなで話し合いながら選曲しています。ストックはすごくあって、自粛で家にいたので初めて譜面の整理をしたら、あまりの多さに驚きました。
シンガーとしても、これだけコンスタントに、いろんな種類の曲をたくさん歌える機会はそうないと思います。ミュージカルのマニアックな歌を歌ったり、ゲストに来てもらって一緒に歌っていただいたりするチャンスもそうあることじゃないので。そういう機会が増えたのはうれしいし、歌い手として成長できる場ともなりました。
今年の6月6日は僕のデビュー20周年記念日でもあります。デビュー当時を振り返ると、大学で歌を学んで、ミュージカルの世界に入って来たので、どうしても「歌は学んだり習ったりするもの」という意識がありました。若いときは、周りのみんなにあれこれ指摘されて、「どうしたらいいんだ」と悩んだことも多かったのです。
大貫さんと仕事をやり始めたときも、音楽監督の立場だったので、「これってどういうふうに歌えばいいですかね」とか「これで大丈夫ですか」と聞きにいっていた覚えがあります。大貫さんは、「いいんじゃないですか」とか「大丈夫ですよ」という感じで、「もっとこうじゃないですか」とか「ここをこうして」とあまり言わないんです。同年代だということもあるんでしょうけど。
僕は正解を探さなくなった
その大貫さんとずっと一緒にやってきたことで、僕は正解を探さなくなりました。例えばジャズのナンバーを歌うときは、以前は「ジャズを習ったことがないから、どうやって歌ったらいいか分からない」とか「これでいいのかな」という思いが強かったんです。でも、ラジオで歌い続けているうちに、よくも悪くも生歌で、基本的には1回きりのもので、毎週歌っているのだから、「そんなに深刻に考えることもないな」と考えるようになりました。大貫さんもどんどんアレンジを変えていったりするタイプなので、それに合わせて歌い方を変えていったりも軽い気持ちでできるように。だから、ラジオをやっているうちに、歌の自由度が増した気がします。
今は自分のコンサートやテレビで歌うときも、同じような気持ちで歌っています。ミュージカル俳優として舞台で歌うときは、そこまで自由にやると演出家に怒られるかもしれませんが、「そうやってもいいんだ」と自分の中で分かっていることが大事なのだと思います。「歌は自由なんだ」という思いは、すごく強くなった気がします。
そんなラジオや歌への思いや、リスナーの方々への感謝の気持ちを込めたスペシャルライブは残念ながら延期となったので、今できることとしてオンラインライブを催します。しゃべって、歌って、コメントも紹介してとなると、あっという間に時間が過ぎるでしょうね。どういうライブになるか、とても楽しみです。ぜひご覧になってください。
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第70回は2020年6月6日(土)の予定です。
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