北欧にカンガルー並の驚き 新種タツノオトシゴ発見
南アフリカの荒々しい海で、タツノオトシゴの新種が発見された。「ピグミーシーホース」と呼ばれる極小タツノオトシゴの仲間だ。
これは意外な発見だった。これまでに知られているピグミーシーホースはすべて、アジア太平洋海域に暮らしているからだ。1種が日本で見つかっているほかは、7種すべてが東南アジアからオーストラリアにかけての「コーラル・トライアングル」と呼ばれる海域に生息している。今回見つかったピグミーシーホースは、そこからおよそ8000キロも離れた海に暮らしおり、インド洋やアフリカの近海では初めての発見となる。
「ノルウェーでカンガルーを発見したようなものです」と、この研究に参加した英国の海洋生物学者リチャード・スミス氏は語る。この新種は「Hippocampus nalu」と名付けられ、2020年5月19日付で学術誌「ZooKeys」に発表された。英語では発見地にちなみ、「アフリカン・ピグミーシーホース」や「ソドワナベイ・ピグミーシーホース」と呼ばれている。ソドワナ湾は、南アフリカとモザンビークの国境に近い人気のダイビングスポットだ。
今回の新種は、ほかのピグミーシーホースと似ているが、背中にある一対のトゲが先端までとがっているのが特徴と、米カリフォルニア科学アカデミーとオーストラリア博物館の魚類学者で、論文を執筆したグレアム・ショート氏は言う。類似のピグミーシーホースは同じくトゲをもつが、先端がとがっていない。
「トゲの用途は不明です」とショート氏。「タツノオトシゴの仲間にはトゲをもつものが多いですが、これは性選択にかかわっている、つまりメスはトゲをもつオスを好むのかもしれません」
今回の驚くべき発見は、私たちが海について、なかでも小さな海洋生物についてほとんど知らないこと、今後もピグミーシーホースの新種が次々と発見される可能性が高いことを示唆している。
「海からの贈り物」
17年、ダイビングインストラクターのサバンナ・ナル・オリビエ氏がソドワナ湾で小さな藻類を調べていたとき、小さなタツノオトシゴに遭遇した。ソドワナ湾は希少な魚やサメ、ウミガメが数多く生息することで知られる。
オリビエ氏が小さなタツノオトシゴの写真を同僚たちと共有したところ、2018年にはスミス氏の目に留まり、スミス氏と同僚のロウ・クラーセンス氏は水深約12~17メートルの海でこの生き物の標本を採取することに成功した。
新種のタツノオトシゴの名「Hippocampus nalu」は、発見者であるオリビエ氏の名「ナル」にちなんでいる。また、南アフリカのコーサ語とズールー語では、「ナル」は「ここにある」というような意味を持つ。
オリビエ氏の父親で、ダイビングセンターを営むルイス・オリビエ氏は「私は彼女に海からの贈り物だと言いました」と振り返る。「彼女の発見にとても興奮しています」
独特の身体構造
スミス氏は一部の標本をショート氏に送り、ショート氏が遺伝的特徴と、コンピューター断層撮影装置(CT)スキャナーを使って身体構造を分析した。
分析の結果、ほかのピグミーシーホースと同様、背中の左右に翼のような構造を持つことがわかった。体の大きいタツノオトシゴの場合、この構造は1つだ。ただし、「翼」の用途はわかっていない。
さらに、ほかのピグミーシーホースと同様、「さい孔」は一つだけ、背中の上部にあった。「首の後ろに鼻があるようなものです」とショート氏は表現する。大型のタツノオトシゴは頭部の左右に2つのさい孔がある。こちらも理由は不明だ。
今回発見された新種がほかのピグミーシーホースと異なる点もある。石と砂に囲まれた芝生のような藻類のなかで暮らしていることだ。ソドワナ湾は波のうねりが大きく、小さなタツノオトシゴは押し流されても平気なようだと、スミス氏は話す。スミス氏は実際、1匹のピグミーシーホースが砂に覆われ、なんとか抜け出す姿を見ている。
「彼らはいつも砂まみれになっています」。ほかのピグミーシーホースはサンゴ礁のそばの穏やかな海で暮らしており、「もっと繊細です。しかし、この種は頑丈にできています」
この種もほかのピグミーシーホースと同様、カイアシなどの微小な甲殻類を食べていると思われる。さらに、保護色をまとい、周囲の風景にうまく溶け込んでいる。
新種の発見が相次ぐ可能性も
ニュージーランド、オークランド博物館で自然科学部門の責任者を務めるトーマス・トゥルンスキー氏は今回の発見について、「海岸近くの浅瀬を含め、海にはまだ発見されていない生き物がたくさんいることがはっきりしました」と語る。トゥルンスキー氏はさらに、既知のピグミーシーホースはほぼすべて、この20年間に発見されたものだと補足している。氏は今回の研究には参加していない。
過去にコーラル・トライアングル以外で発見されている唯一のピグミーシーホースは、18年8月に新種と判明した日本のピグミーシーホース「ジャパピグ(ハチジョウタツ)」だ。
ショート氏によれば、大型のタツノオトシゴは中国医学の生薬の原料や水族館の展示用に乱獲され、世界各地で個体数が減少しているが、ピグミーシーホースは人目につきにくいため、乱獲の心配はないという。ただし、一部の種は個体群の密度が非常に低く、個体数を把握するのに十分なデータもないと、スミス氏は言い添えている。
今回の研究は、Hippocampus naluがほかのピグミーシーホースたちの祖先から1200万年以上前に枝分かれしたことを示唆している。
「つまり、インド洋西部(とその向こう)には、まだ発見されていないピグミーシーホースがたくさんいる可能性が極めて高いということです」と、ショート氏は言う。
(文 DOUGLAS MAIN、訳=米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年5月26日付]
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