現在のクルマには事故を防ぐためのさまざまなシステムが搭載されている。ただ、それらの機能はメーカーによって異なる。自分の乗っているクルマの安全運転支援技術が、どんな意図で生まれたものか、どんな機能を持っているのかを知ることこそ、安全運転の重要な要素になる。
この特集ではメーカーの担当者に話を聞き、その取り組みや具体的な機能について話を聞く。今回、取材に訪れた自動車メーカーは、SUBARU(スバル)だ。「ぶつからないクルマ?」のキャッチコピーが話題となったスバル独自の先進安全運転支援システム「EyeSight(アイサイト)」について、前編、後編の2回にわたり、入社以来開発に携わってきた技術者の丸山匡さんに、自動車ライターの大音安弘氏とNIKKEI STYLE編集部が話を聞いた。
幻となる可能性もあったアイサイト
アイサイトは、スバルが2008年に投入した先進安全運転支援システムの呼称である。最大の特徴は、人間の目の同様、並列に配置した2つのカメラの画像を組み合わせることで前方を立体的に捉え、認識するステレオカメラを用いることだ。このカメラによるセンシングだけで、衝突被害軽減ブレーキや誤発進抑制制御、全車速域追従機能付きクルーズコントロールといった先進安全装備を実現。さらに最新版では、自動車専用道路上でステアリング操作やアクセル、ブレーキ操作をアシストする自動運転レベル2相当の「ツーリングアシスト」も用意した。スバル独自の技術であるアイサイトは一体どのように生まれ、進化してきたのだろうか。
大音 アイサイトの開発がスタートしたのは、いつごろでしょうか。
丸山 コア技術であるステレオカメラの開発は、1989年から始まりました。元々はエンジン内部の燃焼を計測する装置として社内開発が始まり、それを安全技術に転用したという経緯があります。一からすべてを自社で開発してきたからこそ、世界で初めてステレオカメラのみで各種機能を実現した運転支援システムを実用化できたと思っています。
大音 丸山さんご自身はいつからアイサイトに関わっているのですか。
丸山 2003年の入社以来、ずっとアイサイト関連の仕事に携わってきました。当時はステレオカメラにミリ波レーダーを組み合わせたシステムで、「ADA(アクティブ・ドライビング・アシスト)」という名称でした。価格は50万円程と高価だったこともあり、あまり売れませんでした。
編集部 オプションで50万円ですか!それは売れませんよね。
丸山 このため社内でも、ステレオカメラのプロジェクトは存続の危機にありました。それが2003年の、ちょうど私が配属された直後のことで(笑)。
大音 存続の危機にあった技術が、どのようにアイサイトへとつながっていったのでしょう。
丸山 安全快適を提供する機能ですから、たくさんのお客様に使っていただきたい。でも50万円ではまず購入していただくことが難しい。そこで価格を下げるためにステレオカメラをやめ、代わりにレーザーレーダーを使ったシステムを投入しました。
大音 売れ行きはどうでしたか。
丸山 価格を下げたことで一定数売ることができ、社内でも先進安全装備の必要性が理解されはじめました。そこで開発がストップしていたステレオカメラの開発も再開できたんです。
そして世に出たのが、2008年の「アイサイト(Ver.1)」です。ただ初代のアイサイトは、衝突を回避できない仕様でした。もちろん、衝突しそうになるとブレーキが作動するのですが、最後にコツンとぶつかって停車するのです。
大音 当時、完全停止させるべきか、議論になっていましたよね。
丸山 はい。ユーザーの過信を招いてはいけないという理由から「完全停止は不可」という考えがありました。その後、完全停止も認められるようになったため、2010年に発売した5代目レガシィには衝突回避もできる「アイサイト(Ver.2)」を搭載しました。これが「ぶつからないクルマ?」のキャッチコピーで話題となったアイサイトです。価格はぐっと抑え、約10万円としました。その結果、価格と性能が市場から評価され、アイサイトが世の中に、広く知られるきっかけとなりました。