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専門家の「体にいい」は信用しない 栄養疫学の厳しさ

ケンブリッジ大学 医学部上級研究員 今村文昭(3)

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NIKKEI STYLE

ナショナルジオグラフィック日本版
文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の「『研究室』に行ってみた。」は、知の最先端をゆく人物の知見にふれる人気コラムです。今回転載するシリーズのテーマは、食べ物の効果や影響を考え、その要因や対策を追究する「栄養疫学」。同じ「よくわからない」という結論でも、その根拠の深さに大きな差があること、そして情報をうのみにする怖さを教えてくれます。未知のウイルスに向き合うときのヒントにもなるかもしれません。研究者の濁りのない目がみつめる先にも注目です。

◇  ◇  ◇

前回は、社会集団を観察する疫学では王道とも言える「コホート研究」の事例を見た。

このままどんどん栄養疫学の真髄に触れるようなお話をうかがっていきたいところだが、ここでは少し立ち止まって、別の話をする。

今村さんがエルカ酸の研究を手がける以前の研究について、ちょっと気になる表現があった。1970年代のインドで行われた古い研究を、今村さんは「エビデンスが弱い」と位置づけた。

エビデンスには「強弱」つまり、強い証拠と弱い証拠があるのだろうか。参考になりそうな考え方として、「エビデンスレベル」という概念があり、疫学の入門書を読んだことがある人なら知っているかもしれない。

先に紹介した「コホート研究」は、研究デザインとしてはかなり強いエビデンス足りうる(エビデンスレベルが高い)ものだ。また、さらにそれよりも強いとされる「メタアナリシス」も今村さんは複数手がけている。本稿では、次回以降、「メタアナリシス」についても考えていく。

だから、このあたりで、様々な研究デザインと、それぞれの「エビデンスレベル」を一通り見ておこう。最初から注釈しておくと、「エビデンスレベル」は一応の尺度ではありつつも、それを振り回すと新たな誤解を招きかねない悩ましい概念でもある。その悩ましさを踏まえてか、今村さんは「エビデンスレベルの話はもう古い」と一刀両断する。それでも、知らないと丸々誤解することもありうるわけで、可能な限り簡潔に解説を試みる(かなり抽象的で理屈っぽくなるので、面倒であれば飛ばしてもらっても、次回以降の議論には問題ないように配慮する)。

以下、疫学入門レベルの知識を、今村さんの監修を一応受けながら書き下す。ぼくの意見が出すぎているところは割り引いてほしい。

まず、エビデンスレベルが低い方から。

〈専門家の意見〉はあまり信頼が置けないとされている。テレビに出てくる専門家らしき人が、なにか断定的なことを言ったとしても、きちっとしたデータの裏付けがなければ、その人の「独自見解」にすぎない。〈臨床家の実感〉〈権威の長年の経験〉も同様だ。

さらに、「データの裏付けが必要」と知った上で、素人には判断のつかないデータを列挙し、「専門家のふり」をして発言する人もいるから注意が必要だ。そもそも、何をもって専門家というのかはっきりしない。ぼくが今村さんを「栄養疫学の専門家」として理解するのは、前回、紹介した栄養疫学のコホート研究をはじめ、次回以降で話題にするメタアナリシスなど今村さん自身が研究して発表する立場だからだ。では、医師や医療統計の専門家など、隣接分野の人たちはどうだろうか。

「あくまで、私の専門の栄養疫学の話ですが、メディアによく出てくるような人たちが話している内容で、正しいと思えた記憶がほとんどないほどです。既存のエビデンスの読み方や解釈ですでに『独自見解』が入り込んでしまっているんです。ですので、個々人の意見は、かりに科学的根拠をうたっていてもエビデンスレベルは低いという前提でよいと思います」

これはかなり手厳しい意見だし、また、今村さん自身の見解の正当性も常に問われる言明でもある。ぼくは、前述の通り、栄養疫学の知見を自分自身で探求する立場の研究者として信頼を抱いているわけだが、読者に押し付けることはできない。それでも読者が下す判断に資することを願いつつ、エビデンスレベルの話を続ける。

〈症例報告〉などもエビデンスとしては弱い。医療でいえば、臨床現場の医師からもたらされる「こういう患者さんがいました」「こうやったら治りました」といった報告がそれに相当する。もちろんこういった報告は大事で、より証拠能力が高い研究を行う動機になる。

〈動物実験〉も医療情報としてのエビデンスレベルは低い。衝撃的な内容の見出しの記事で、よくよく読んだら根拠が動物実験のみ、という場合は現在の医療や実生活に役立つかというよりも科学の発展を伝えるニュースと考えるのがよいと思う。

結局、人への影響を知るためには、人を見なければならず、それも一例だけではだめだ。そのため社会集団を見る〈観察研究〉が行われる。

観察研究の中では、地域ごとに疾病の頻度などを記述する、〈地域相関研究(生態学的研究)〉や〈横断研究〉といったものがある。例えば、各地域の特定の食物の摂取と、特定のがんの罹患率との関係を調べる研究がそれにあたる。ある時点における集団の状態をまるで「写真」を撮るかのように観察して、より確かなエビデンスを得るためのきっかけとなる情報を引き出すものだとぼくは理解している。前項で出たインドのマスタード消費と心疾患患者の話もまさにこのタイプの研究だ。大いなる示唆を与えつつも、心疾患の原因がマスタードの摂取なのか、地域ごとに異なる別の何かなのか、この研究からは区別できない(だからこそ、数十年越しの今村さんの検証を待たねばならなかった)。

さらにもう一歩進むと、観察研究の疫学の中でも花形的な手法といえる、〈コホート研究〉と〈症例対照研究〉がある。これらの研究デザインでは、何が「原因」なのかを問い、いわゆる「因果推論」に踏み込むことになる。

まず、すでに話題にしたコホート研究は、前述の地域相関研究などのように、ある集団のある時点における「写真」をもとにするのではなく、時間経過とともに発生する疾病を観察する。つまり、何十年も長回しした「ビデオ」を元にした研究だ。長期間追跡しているわけだから、その中で、病気になった人たちと、病気にならなかった人たちと比較して鍵となる因子を探ることができる。

その一方で、過去の履歴を検証する症例対照研究では、すでに患者が発生しているような状況で、患者のグループと健康な人のグループを比較して影響したであろう因子を探る。疾病がすでに目の前にある状況からスタートして、過去にさかのぼって因子(たとえば、特定の仕出し弁当を食べたとか、同じ教室に長時間一緒にいた、など)を探るため、やはりこちらも研究の中に時間経過が内包されている。

これら2つの研究デザインの中では、一般にコホート研究の方がより信頼できるとされるが、実は研究デザインに優劣があるわけではなく、明らかにしたい課題に応じて向き不向きがあると理解した方がよい。

ぼくの理解では──

たとえば、稀な病気の因子を知りたい時、何十万人を追跡している大規模なコホートですら、分析に足るだけの症例数が確保できないかもしれない。そんな時は、すでにその病気になっている人たちを見つけて症例対照研究する方があきらかに向いている。また、新興感染症など新しく認識された課題で、今手にしうる最良の知識をなるべく早く得たいというような場合も、症例対照研究の方が有利なことがある。コホート研究をするには、基本的にはこれから病気になる人が出るのを待つことになるからだ。ぼくは、コホート研究が「疫学研究の華」だとすれば、症例対照研究は「疫学研究の機微」だと感じる。

そして、ここまでが社会集団の観察だったとすると、もう一歩、踏み込んで「実験」の域に達した研究デザインとして〈介入研究〉がある。特に、〈ランダム化介入研究〉、ちょっとむずかしい書き方をするなら〈無作為化比較対照試験(RCT)〉は、信頼性が高いとされる。たとえば、薬剤なりサプリメントなりの効果を知りたければ、研究対象になる集団を、本物や薬剤やサプリを与えるグループと、目的の成分が入っていない偽薬を与えるグループに無作為に分けて恣意的な偏りを排する。その際、医師や研究者の側にも、誰がどちらのグループに入っているのか分からないようにする二重盲検法が使われればなおよい。

ランダム化された介入研究の結果はとても重く扱われるものの、単一の研究では心もとない。複数の研究が違う結論を導くこともある。そこで、その分野の研究が増えて成熟してきたら、信頼できる研究を一定の基準と手続きで抽出してまとめる〈系統的レビュー〉や、データを統合して分析する〈メタアナリシス〉が試みられる。この結果は、一般にはとても強いエビデンスとされる。

今、話の流れとして、介入試験を統合するものとして系統的レビューとメタアナリシスに触れたが、実はこの説明だけだと少しミスリーディングだ。というのも、複数のコホート研究や症例対照研究を統合する系統的レビュー、メタアナリシスもあるからだ。介入試験ができない課題も多く、その場合は、コホート研究や症例対照研究のメタアナリシスがとても重要視される。

以上。駆け足で解説終わり。

こういったエビデンスレベルを強調しすぎることには弊害もあり、濫用は注意であることを説明した端から申し添えておく。研究デザインには、解き明かしたい課題によって向き不向きがあるので、そういったことを考慮せずに、ただ「コホート研究ではないから信用できない」(症例対照研究の方が向いている場合がある)とか、「ランダム化介入研究(RCT)などの介入試験ではないから信用できない」(介入試験をすること自体が非倫理的である場合など、研究そのものが行えない)というような人がいたらそれはおかしい。「エビデンスレベル」の概念だけが独り歩きすると、変なことが起こりがちだ。

研究分野によっても特有の事情があり、栄養疫学固有の難しさについて、今村さんはこんなふうに言う。

「たとえば、食品摂取の介入研究をしたくても、盲検化を行った比較は難しいんです。ある食品とその比較対象となる食品の比較となると、食事を提供して食べてもらっても、何を食べているのか見れば分かってしまいますよね。それぞれに応じて他に食べる量や食品も変わって比較そのものが歪んでしまうかもしれません。また食事を変えてもらうということは、生活習慣そのものが変わってしまうことにつながります。ましてや何年もの間、介入条件をそろえたまま追跡して疾患のリスクを検討するのはもっと大変です」

 指摘されてみれば、まさにそのとおりだと納得する。今、多くの人が関心をもっている健康な食事パターンの研究などは、「介入すること=生活習慣の変更」に直結する。まず生活習慣を変えてもらうこと自体、大変だし、もしも変えてもらえたとしても、それに付随して別の生活習慣もくっついてくるだろう。食事というあまりに日常的で生活のコアともいうべきことを扱っているがゆえの困難だ。

信頼できる介入研究がこのように難しいため、栄養疫学の分野ではエビデンスレベルが相対的に低いたくさんの観察研究をメタアナリシスでまとめることがある。メタアナリシスの信頼性は、もとになる研究の信頼性があってこそなので、この場合、メタアナリシスだから信頼できるということにはならない。「同じデータを元にして複数のメタアナリシスが行われ、それぞれ結論が違う」ことすらあるというから悩ましい。だから、数少ない良質な介入研究にも目を向けつつ、「よいメタアナリシス」を求めなければならない。

エビデンスレベルという、一見、便利な尺度がありつつも、その実、ひたすら注釈をたくさんつけなければならないほど、この尺度は時と場合によって、使えたり使えなかったりする。

つまり、最低限、言えることといえば、鵜呑みにするな、ということだ。

その上で、個別の研究テーマの事情を理解して、参照できるベストな研究はどれかを判断しなければならないのだが、これはさすがに「専門家」に頼らざるをえないだろう。ここでぐるりと一周して、では誰が専門家として信頼しうるかを、アマチュアがどう判断するかという問題に戻ってしまう。これは本稿の中で、画期的な解決を与えられない超難問だ。

ここまで注意喚起をした上で、次回は今村さんが手がけたメタアナリシスに進む。具体的には、「加糖飲料(砂糖を加えたソフトドリンク)」「ダイエット飲料(人工甘味料を加えたソフトドリンク)」「フルーツジュース」の是非だ。

=文・写真 川端裕人

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2018年10~11月に公開された記事を転載)

今村文昭(いまむら ふみあき
1979年、東京生まれ。英国ケンブリッジ大学医学部MRC疫学ユニット上級研究員。Ph.D(栄養疫学)。2002年、上智大理工学部を卒業後、米コロンビア大学修士課程(栄養学)、米タフツ大学博士課程(栄養疫学)、米ハーバード大学での博士研究員を経て、2013年より現職。学術誌「Journal of Nutrition」「Journal of Academy of Nutrition and Dietetics」編集委員を務め、「Annals of Internal Medicine(2010~17年)」「British Medical Journal(2015年)」のベストレビューワーに選出された。2016年にケンブリッジ大学学長賞を受賞。共著書に『MPH留学へのパスポート』(はる書房)がある。また、週刊医学界新聞に「栄養疫学者の視点から」を連載した(2017年4月~2018年9月)。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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