「ネットで落語もグローバル」って… 違和感の理由
立川吉笑
落語会が開催できなくなって2カ月たった。新型コロナウイルスには、まだまだ油断できないが、ようやく東京都内は新規感染者数が減ってきて少しずつ自粛生活の終わりが見えてきた感じだ。
6月ごろから少しずつ落語会も開催されることになると思っている。自分が主催する独演会も再開する予定だ。でも当面は100人以下の小規模な会場で、しかも定員の半分くらいまでの入場制限を設ける必要があるだろう。そうなると従来の入場料だけでは会場費の支払いもままならない。だからと言ってチケット代を高くするのは現実的でないため、同時に映像収録して、それを配信することで売り上げを確保するような対策が必要になるだろう。
「有識者」とのリモート会議
先日、1通のメールが届いた。「落語配信をやってみて現状どんな印象か聞かせてほしい」という内容だった。送り主は重々しい肩書が並んだ、まさに「有識者」と呼ぶのがしっくりくるような方々。今後、演芸などのライブ配信について、国として何かしらの後押しを考えているようで、どういう支援が効果的か聞きたいとのことだった。
そんな突然の依頼に、まずは「新手の詐欺ではないか?」と疑うところから始めた。自分で自分を守るしかない弱小個人事業主の悲しい習性だ。
メールアドレスのドメインが本物っぽかったのと、まずは登録料を支払えなどの誘導もなかったので、ひょっとしたら詐欺じゃないかもしれないと思いつつ、それでも警戒心は持ったまま指定された時間にリモート会議に参加した。
簡単に挨拶をした段階でこれは本物のやつだとすぐにわかった。ニュース番組などでたまに映るタイプの会議だった。あのプリントを回すのが大変そうな、ドーナツ型に机を配置して部屋を広く使うタイプの会議。そんな雰囲気がリモートにもかかわらず伝わってきた。
聞かれるがまま一通り「落語界の現状」「落語配信の現状」「実際にやってみての問題点」「今後の見通し」などについてしゃべった。
会議も佳境に差し掛かり、リーダー格の方が総括し始めたくらいで、僕が会議中にうっすらと抱いた違和感の正体が明確になった。
それまでも会話の要所で挟み込まれていた話題。「ネット配信を始めたことによるメリットはありますか?」「ネットだからこそ表現できるようになったことはありますか?」「ネット配信では世界中に発信できますよね?」「これまで接点がなかった方達に知ってもらえるチャンスがネット配信ではありますよね?」
誘導尋問ではないけど、ニュアンスとして「ネットを使うことでこれまでには接点がなかった世界中の方に触れてもらえる機会が増えた」というような答えが欲しいんだろうなぁという質問が何度か投げかけられた。
もしかしたら「クールジャパン」の流れのように「日本の伝統文化を世界に発信する」というような大義名分があった方が、スムーズに支援の段取りを進めることができるのかもしれない。インターネットの特性として「不特定多数の方に届けられる」ということは当然ある。リアルでは届けられないくらい遠くまでネットでは届けることができる。グローバルということ。だからこそ先方は「落語×インターネット=グローバル」という構図を前面に押し出す形での支援を、企画しているのかもしれない。
一方で僕の考えはそれとは真逆と言ってもいいくらいのものだから、ずっと話がかみ合わない違和感があったのだ。
そもそも落語は「江戸」や「大阪」など、地域密着型の局地的な芸能として発達してきたものだと考えている。落語が描く「笑い」や「人情」は文化や風習に色濃く根付いたものであるし、しかも見た目の派手さはほとんどなく、基本的に全てを「言葉」で表現するスタイルだ。描く内容も物語性に富んだ劇的なものでなく、ささいな日常のスケッチのようなものが多い。落語はそもそもの設計としてどう考えてもアニメや歌舞伎などに比べて海外に届けづらい。
世界の不特定多数よりも
僕はこの4月からいくつかの種類の配信をやった。もちろんネットで配信する以上は不特定多数の方に触れてもらえるチャンスではあるし、現に新たに僕のことを知ってくれる方も増えたのは事実だ。
でも、自分の気持ちとしてはインターネットを使うことで不特定多数に届けるグローバル展開を狙うというよりは、落語ファンや日ごろ自分を応援してくれているお客様のような「特定少数」に届けるローカル展開でよいのではないかと感じている。そもそもリアルでの落語会が開催できなくなってしまったからこそ配信を始めたのだから、まずは活動を持続するための最低限の収入を得ることを目指すのが筋だ。そのためには世界中の不特定多数に向けて広い射程の発信をするよりも、特定少数に向けて限定的な発信をする方が効率的に思える。
グローバル展開を見据えた落語配信のあり方を探るのは、国にとっても落語界にとっても有益ではあるけど、この半年をどう生き抜くかみたいな、目の前の暮らしで精いっぱいの若手落語家にとってはそんな遠い射程を考える余裕などない。
グローバルに適したインターネットの使い方には反するようだけど、例えば集落をつくるようなイメージでの、ローカルなインターネットのあり方について僕は考えていきたい。
本名は人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。軽妙かつ時にはシュールな創作落語を多数手掛ける。エッセー連載やテレビ・ラジオ出演などで多彩な才能を発揮。19年4月から月1回定例の「ひとり会」も始めた。著書に「現在落語論」(毎日新聞出版)。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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