KERENMI 歌謡曲感じさせる絶妙なライン(川谷絵音)
ヒットの理由がありあまる(22)
22回目なんですが、この連載は本当に骨が折れるんですよ。アーティストがアーティストの解説をするってね、なかなか難しいし心が擦り減る。まあやりますけどね(笑)。そんな今回はKERENMI。音楽プロデューサー蔦谷好位置さんのソロプロジェクトなんですが、その1stアルバム『1』がすごく良い。
もともと蔦谷さんが所属していたNATSUMENというバンドが好きで、勝手に自分と趣味が近いんじゃないかと思っていて。最近一緒に飲む機会があったのだが、やはり音楽のストライクゾーンも近かった。
最近のシーンを席巻しているアーティストの傾向はというと、海外のサウンドを意識しつつも、歌には歌謡曲を感じさせる、"絶妙なライン"で良い作品を作る人たちだ。それがKing Gnu、米津玄師、星野源さんだったりするのだが、蔦谷さんも間違いなくその1人。米津の『orion』の蔦谷さんの編曲を聴けば分かるように、サウンドは海外のシーンをはっきり意識したアレンジだが、米津の歌心と合わさって絶妙なラインを作り出している。蔦谷さんのプロデュース力のすごさを、この曲を聴いて改めて感じた。
海外ではプロデューサーが歌を歌ったり、歌い手とフィーチャリングして曲をリリースするという流れが主流になっているが、日本だとあまりない。KERENMIはその流れを汲んでいて、今作でもヒゲダン(Official髭男dism)の藤原(聡)くんや、ミセス(・グリーン・アップル)の大森(元貴)くん、奇妙(礼太郎)さんなど、豪華なボーカリストが参加。どれも彼らの声に合った曲とアレンジで、アルバムを通して心地良い。
なかでも僕が心を奪われたのは、『ひとつになりたい feat. 奇妙礼太郎』だ。まず奇妙さんの歌が素晴らしいし、ピアノと歌を中心としたシンプルな構成ながら、J-POP的ではない、間に挟まるエフェクトがかかったコーラスや必要最低限のシンセのアレンジにニヤリとしてしまう。このしっかりと日本の歌謡曲なのに、海の向こう側の香りが漂う感じがたまらない。漂わなければ良い曲止まりだし、漂いすぎても寒くなる。ちょうど良く漂うこの絶妙なあんばいにセンスを感じる。
繰り返しになるが、米津も源さんもKing Gnuもみんなに共通するのは、このあんばいだ。日本人特有の歌心はあるのに、アレンジは良い意味で日本的ではない。どちらが強すぎてもダメなのだ。蔦谷さんはバンドマンであったし、一流のプロデューサーでもある。全ての能力値が高く、バンドマンのトゲもあって、ちゃんと自分の曲を俯瞰で見て評価できているのだ。ちなみに僕も「美的計画」という、これに近いソロプロジェクトを昨年始めた。自分のやりたいことを精一杯盛り込み、何かしらの影響を与えられればなと思っている。
US系メロディと日本語詞の共存
KERENMIに話を戻そう。女性シンガーソングライターの大比良瑞希さんを迎えた『からまる feat. 大比良瑞希』も素晴らしい。この曲はより海外のR&Bやヒップホップサウンドに迫っていて、とにかく音が太くて良い。メロディでもUS感のあるコーラスが何回も出てきたりして、日本語詞との共存が面白い。KERENMIは海外でも勝負したいという意思を感じると共に、蔦谷さんの音楽的背景の豊かさが伝わってくる。そしてこれだけは書きたかったのだが、KERENMIがもし次のアルバムを出すなら、Vaundy、藤井風、ACAねちゃん(ずっと真夜中でいいのに。)あたりは、絶対に聴いてみたい。
あと、これからの日本の音楽業界はどんどんR&Bやヒップホップ的アプローチが増えていくと思うのだが、どこかで必ずパンク的アプローチが戻ってくるはず。なので、それをいつ誰がやるのかを僕は楽しみにしている。すでに海外ではMURA MASAがその流れを作ろうとしているし。日本はガラパゴス化しているからこそ楽しみなんですよね、未来の音楽が。
1988年12月3日生まれ、長崎県出身。ゲスの極み乙女。、indigo la End、ジェニーハイ、ichikoroといったバンドのボーカルやギターとして多彩に活動中。ゲスの極み乙女。は、5月1日より5thアルバム『ストリーミング、CD、レコード』を全曲先行配信中。
[日経エンタテインメント! 2020年5月号の記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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