燃費の良さだけじゃない 新型ヤリスが売れる理由
コロナ騒ぎの中、意外なクルマが売れている。新型コンパクトカーのトヨタ・ヤリスだ。日本自動車販売協会連合会によると、2020年4月の販売台数は1万台を超え、約9000台のフィットを抑えて堂々の首位(軽自動車は除く)。ヤリスはかつてヴィッツの名で売られていたが、今回から世界共通の名前に変更。同時にヨーロッパ車的な凝縮スタイルやスポーティーな走り味を得た。ハイブリッド仕様は驚異的な燃費を誇るとはいえ、広さや機能性を重視したコンパクトカーが人気を集めてきた日本では、異色のクルマだ。そんなヤリスが、今なぜ売れるのか。小沢コージ氏が分析する。
欧州向けキャラクターに再定義
「既成概念を壊し、コンパクトクラスの常識を打破したいな、と。ボディーの小ささにこだわり、軽さやキビキビ感、取り回しを損なわずに、上級車のようなしっとり感や剛性感も併せ持たせようと試みました。
実際、全長は先代とほぼ同じサイズをキープ。モデルチェンジで大きくならなかったのは、今回が初めてです。全高は、アンテナを除くと先代よりも30mm下げましたが、ドライビングポジションはより運転しやすい姿勢を確保しました。二律背反する性能を両立させたかったからです」
19年11月のプロトタイプ試乗会で、自信たっぷりにそう語った末沢泰謙チーフエンジニア。しかし正直、小沢はそれほど日本で売れるとは思っていなかった。そう、20年2月に発売されたトヨタの新型コンパクトハッチバック、ヤリスのことだ。
ヤリスは全長4m以下のコンパクトカーで、世界中で販売する、いわゆる「グローバルコンパクトカー」だ。かつて日本では「ヴィッツ」の名前で売られていたが、日本以外では「ヤリス」の名前が浸透している。さらにヤリスをベースとした競技車が出場する世界ラリー選手権(WRC)が、今年は10年ぶりに日本でも開催される。そこでトヨタは国内でも名前をグローバル名のヤリスに統一するとともに、クルマのキャラクターも欧州向けに定義し直した。
室内の広さや使い勝手などを重視する国内向けから、スポーティーな外観や走りを重視する欧州向けにシフトしただけに、そこまで売れないのではと小沢は予想していた。ところが驚いたことに、ヤリスの国内初期受注は3万7000台。同時期に発売されたスペース重視のライバル、ホンダ・フィットを軽く上回るほどの人気。一体何が起こっているのか。
走りはよりスポーティーでアグレッシブに
まずは1.5Lガソリン車に乗ってみた。確かに、スタイリングの凝縮感はハンパじゃない。サイズは厳密に見ると全長が5mm短く、全高はアンテナ分を除くと30mmほど低くなっているが、実質ほぼ同等。しかしパッと見でノーズが低くなってキャビンが引き締まり、パーソナル感が増している。リアもコンビネーションランプが棚のような樹脂パーツでつながり、ヴィッツ時代のイメージを残しつつも、確実にアグレッシブに生まれ変わっている。
車内はホイールベースを40mm伸ばしたため狭くなった感じはなく、先代と同等。リアシートに一応大人2人が座れるし、ラゲッジ容量は200Lクラス。ゴルフバッグは背もたれを倒さずには積めないが、大きめのかばんはいくつか積載できる。
驚いたのは走りのスポーティーさだ。新開発の「1.5Lダイナミックフォースエンジン」は先代の4気筒から3気筒になった分、エンジンノイズは騒がしくなったが、ピークパワーとトルクはそれぞれ120ps、145Nmとアップ。発進用に1段ギアを設けた新作ダイレクトシフトCVT(無段変速機)のおかげで、踏み始めからペダル操作に忠実で、なおかつ力強い。
ステアリングはしっとりと上質感を備えつつ、フィーリングはダイレクトでリニア。ちょっとした高級スポーツカー並みのテイストが味わえる。車重はホワイトボディー(部品を取り付ける前の無塗装状態のボディー)が旧型比で50kg軽量化され、小沢が乗った「G」グレードでも1トンぴったりと軽量だ。全体的に動きが軽やかで、取り回しもコンパクトカーならではの気楽さがある。ドライビングポジションも、小さいクルマにありがちな右足の窮屈さがなく、自然にゆったりと座れる。
とはいえやはりコンパクトカー。特にライバルのフィットと比べると運転席はタイトだ。フロントウインドーが目前に迫り、リアシートも狭く、広々感があるとは言えない。
さらにヤリスが不思議なのは、いまどきハイブリッド仕様を除いてアイドリングストップが付いてないこと。明らかに欧州向けのセッティングで、いくら走りとカッコが良いとはいえ、初期受注でよくぞあれだけ売れたものだ。
だが3万7000台の内訳をみて納得した。まずハイブリッド比率は45%。後述するが、ハイブリッドのスポーティーな動力性能と優れた燃費性能の割に、その比率は高くない。おそらく約40万円というガソリン車との価格差が響いているのだろう。
そしてユーザー年齢層を見てびっくり。なんと60歳以上が半分を占めている。おそらく海外、特にヨーロッパではスポーティー化によって若いユーザーも増えているようだが、日本ではヤリスは実質シニアカーなのだ。
しかし、それも理解できる。なぜなら数年前に70代の母が、私に何の相談もなくホンダの軽自動車から先代ヴィッツに乗り換えたのだ。「さすがはトヨタ、年配の方には盤石の安心ブランドなんだな」と感心した。
さらにヴィッツは、ダイハツ生産車を除くと最もコンパクトなトヨタ車。つまり、トヨタブランドに安心感を覚えるシニア層が、使い勝手のいいコンパクトカーを求めて乗るクルマが、ヴィッツであり、ヤリスなのだ。
燃費は驚異のリッター30km!
そしてガソリン車の後に乗ったヤリス・ハイブリッド車がすごかった。車両価格200万円台からと、確かに安くない。だが走りは電動感たっぷりで、1.5Lガソリンに輪をかけてパワフルだ。
決定的なのは燃費で、メーターの燃費表示でざっくり30km/L台! 普通に走って22~23km/Lのプリウスやカローラ ハイブリッドをラクに超えて、未知の大台に到達している。
この燃費性能は問答無用ですごい。なにしろフルタンク、36Lのガソリンで実質1000km以上も走るのである。燃料代も1リッター130円として約4500円。普通の人なら2カ月近く持つだろう。
普通のファミリー向けコンパクトカーとして見るとヤリスは偏っているし、家族5人が乗るクルマとしては正直狭めだと思う。しかし乗ってみると、よくできたスポーティーコンパクトカーであり、シニアが安心して選べる最小トヨタ車であり、超低燃費実用車でもある。そう考えると、存在感は大きい。
クルマの本質は単純な性能比較だけでは語れないのである。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」など。主な著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)。愛車はロールス・ロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
(編集協力 出雲井亨)
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