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東京都港区の愛宕隧道(画・安住孝史氏)

東京都港区の愛宕隧道(画・安住孝史氏)

 夜のタクシー運転手はさまざまな大人たちに出会います。鉛筆画家の安住孝史(やすずみ・たかし)さん(82)も、そんな運転手のひとりでした。バックミラー越しのちょっとした仕草(しぐさ)や言葉をめぐる体験を、独自の画法で描いた風景とともに書き起こしてもらいます。(前回の記事は「タクシー後部座席の先生たち 桜の案内人・良識の子…」

今年の春、行ってみたい場所がありました。JR山手線では49年ぶりの新駅となった高輪ゲートウェイ駅です。新型コロナウイルスの影響もあって実現していませんが、田町駅と品川駅の間にできたこの駅のそばには、タクシー仲間にはつとに知られるトンネルがあり、そこの現状を確かめたいとも思っています。

南北に走る何本もの線路の下を、西から東に横切る200メートル超の一方通行で、正式には「高輪橋架道橋下区道」というそうです。いわゆるガード下のトンネルです。この道のほかに線路を越える道は周辺になく、住民の大切な生活道路になっているのですが、大人は頭をぶつけそうなほど、天井が低いのです。車の屋根に防犯灯を兼ねた会社表示板(「あんどん」と呼ばれるものです)があるタクシーの運転手には、ちょっとイヤなトンネルです。

「お客様、屋根が…」

運転手をはじめて間もないころ、お客様からこのトンネルに入るよう指示されたときのことはよく覚えています。半地下のようになっていますから入り口は下り坂です。まずここで僕は「お客様、屋根がぶつかり無理です」と車を止めました。お客様は「いつも通っているから大丈夫だ」とおっしゃいます。恐る恐る少しずつ前に進めます。

天井すれすれのはずの会社表示板はもちろん、狭い道幅も気になります。本来は自動車の通り抜ける道ではないと思いました。両脇の細い歩道では、通行人が腰をかがめて歩いているのがわかります。ぶつからずに入れた安堵感もあって「すごいガードですね」とお客様に声をかけました。お客様は「初めて通る運転手はみんな入り口でためらう」と笑います。

用心してゆっくり進みながら「この道は一方通行ですけど、戻るときの一方通行を教えてください」と頼みました。お客様は「ない」と答えます。普段、反対方向にタクシーを利用するときはどうしているだろうと思って、それも聞くと「歩く」。僕はなるほどと合点がいきました。お客様は「遠回りになって、メーターが倍になる」とおっしゃいました。

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