患者を診ながら実地で学ぶ

同じフィラデルフィアにあるペン・プレスビタリアン医療センターでは2020年1月と2月に、コロナウイルスとは関係なく、病院総出で災害時に備えた緊急訓練が実施された。外科や入院病棟、集中治療室など、様々な部署からスタッフを集め、一度に大量の患者が押し寄せた場合を想定して訓練を行った。

訓練の運営に携わった研修医3年目のジョナサン・バー氏(29歳)は、「想定していたのは、放射性物質を飛散させる爆弾や銃乱射事件などです。エボラのことも頭にありました。救急救命士や患者の役は、医学生がやりました。米連邦捜査局(FBI)も見学に来ましたよ」と話す。

訓練の一環として、病院の外に除染テントを設置した。その後米国で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が広まり始めると、このテントが一時的な患者の受け入れ場所になった。研修医3年目のバー氏は、現在このテントで働いている。病院の最初の防護壁として、来院者はまずこのテントで呼吸器症状がないか確認される。疑わしい場合はマスクと色分けしたタグを渡され、未感染の患者とは別の治療室へ振り分けられる。

「コロナに感染しているかもしれない患者と、足首を骨折しただけの患者を一緒にするわけにはいきません」と、バー氏は言う。

「これまでずっと、こうした時のために訓練してきました」と話すジョナサン・バー氏は、16歳で救急救命士の見習いになって以来、常に緊急事態へ備えてきた。現在救急医療の研修医として3年目になるバー氏は、ペン・プレスビタリアン医療センターの外に設置されたテントで、COVID-19の患者の治療優先順位を決める「トリアージ」に当たっている(PHOTOGRAPH BY MARK THIESSEN, NATIONAL GEOGRAPHIC)

COVID-19の流行で多くのことが変わったが、なかでも最もつらいのは、重症の患者の家族や親しい人に、付き添いはできないと告げなければならなくなったことだと、ジョウ氏は言う。20年3月6日にペンシルベニア州で最初の感染者が出て以来、病院は緊急時の態勢に入った。呼吸器症状を訴える患者の病棟には、必要最小限の医療関係者以外は立ち入りが禁止になった。感染拡大を防ぐためとはいえ、患者の家族にとっても病院のスタッフにとっても、精神的に厳しい措置だ。

「本当に必要でない限り、病院には来るべきではありません。この現実を受け入れるのは難しい。私もつらいです。患者に対して、あなたの大切な人をここに入れることはできませんと言わなければならないのです」

手の空いたわずかな時間を見つけて、救急治療室のスタッフは基本的な手順をおさらいするようにしている。気道の確保の仕方や保護具の装着法まで、知っていて当たり前のことだが、緊急時に落ち着いて対応するには、訓練が重要だ。例えば、PAPRと呼ばれるヘルメット型のマスクは、着用したまま作業をするのが煩わしく、慣れないうちは会話もしづらい。事前に練習したおかげで、実際に患者が不安を抱えて病院へやってくる頃には楽に会話ができるようになっていた。

エマ・ロジャーズ氏(28歳)は、1年目の研修医だ。初めの頃は特に、検査キットが不足していて大変だったと語る。「過去のデータがほとんどなかったので、自分たちで判断しなければならないことが多かったです。メディカルスクールで全て教えてもらえるというわけではありません」

病院では、ベテランも新人も、全員がコロナウイルス短期集中講座の受講生になったかのようだ。例えば、軽い呼吸器症状を訴える患者のうち、実は肺の中で大変なことが起こっているケースをどう見分けるかなど、実際に多くの患者を診ながら学んでいくしかない。

医療スタッフ全員が臨戦態勢

命を救うという目標のために何年も訓練を重ねてきた研修医たちは、COVID-19との闘いに直面して複雑な思いを抱いている。

「まだ医師としてのキャリアをスタートさせたばかりですが、こんな経験はもう二度とないかもしれません。40年後に、研修医1年目でどんなことがあったか話しても、信じてもらえないでしょうね」と、ジョウ氏は言う。

COVID-19の危機の大きさは、気が遠くなりそうなほどの規模だ。既に医療機器は不足しつつあるというのに、あらゆる疫学モデルが、最悪の時期はこれからだと示している。フィラデルフィアの感染者数は、ペンシルベニア州で最も多く、この記事が書かれた時点で、町にある人工呼吸器の半分以上が既に使用されていた。

今のところ、医療スタッフは8時間交代で働いているが、今後数週間から数カ月で患者数が急増すれば、緊急時のスケジュールに切り替えられる。「今は、全員が臨戦状態というところです。いついかなる場合でも、病院から遠く離れることはできません」と、ロジャーズ氏は言う。

そんななか、明るい話題もある。医療スタッフを気遣って、付近の住人から病院に食べ物が届けられるという。中国にいるジョウ氏の知り合いからは、病院へ大量の医療用マスクが寄付された。今年初め、ジョウ氏の米国に暮らす両親がその知り合いに宛てて物資を送ったことへのお礼だという。また、ロジャーズ氏の自宅ドアには、近所の人からの励ましの手紙が置かれていたり、勤務中に飼い犬の散歩を申し出る人もいた。

「多くの人が協力してくれて、とても感謝しています。医療スタッフだけでは、とてもこの危機を乗り越えることはできません」

(文 NSIKAN AKPAN、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2020年4月19日付の記事を再構成]