感染症から体を守る免疫メカニズムに人工知能(AI)で迫ろうと打ち込む22歳がいる。日本に生まれ、英国で育った高橋宗知(たかはし・むねとも)さん。東京大学と英ケンブリッジ大学で研究する若者は、世界を襲う新型コロナウイルスの大流行(パンデミック)に何を思い、どう将来と向き合おうとしているのか。見つめる先には、偉大な先人たちと重なり合うような夢があった。
父親に禁じられた牛肉
東大からケンブリッジに留学していた高橋さんは3月、コロナ禍のため一時帰国しようと向かったヒースロー空港で、衝撃的なシーンを目にした。マスクを3枚も重ね、ビニール手袋をはめた防護服の人々。「ホラー映画みたいだ」。未知のウイルスへの恐怖が、肌感覚で伝わってきた。
高橋さんは東京で生まれ、3歳で英国に移り、小中高を過ごした。感染症に関心をもつきっかけのひとつが「狂牛病」と呼ばれた牛海綿状脳症(BSE)だ。英国で存在が明らかになり、2000年代の初頭には日本でも社会問題になった。
医学者の父親からは牛肉を食べることを禁じられた。なぜ牛肉を食べてはダメなのか、感染症とは何なのか、幼い心に大きな疑問が刻まれた。
父親の影響もあり、医学者の伝記はよく読んだ。とくに細菌学者のロベルト・コッホにひかれ、ウイルスや細菌がどのように感染し、免疫はどう反応するのか、興味が膨らんだ。中学時代の南フランス旅行で、初めて牛肉のカルパッチョを口にし「地球でこれほどおいしい肉があるのか」と知ったことも、疑問を呼び覚ました。
感染症とは別に、もうひとつ大きな関心の対象があった。自分のルーツ、日本だ。英国では本場のテニスを楽しみ、英国流のユーモアを解し、親友もできた。しかし友人は英国人ばかり。英国で学び続けるのは「単線ルートで変化がない。自分に最も刺激を与える選択肢は、環境を変えて帰国することでは」と考えるようになった。

高校卒業が日本と半年ずれるため、腕試しの意味で16年にケンブリッジの医学部を受験し合格。入学は見送って、17年の東大入試に帰国子女枠でのぞみ、医学部に進む理科3類への進学を果たした。
刺激し合える新たな友との出会いは、入学まもない理3生の集まりで訪れた。声をかけてきたのは灘高校(神戸市)出身の川本亮さん。オシャレな洋服に身を包み、テンションが高く、独特の雰囲気を醸し出していた。やはり灘高から東大理3に進んだ父親が「変人だらけ、面白い人間が多い」と、うれしそうに語っていた高校だ。2人はすぐに打ち解けた。