人をつなぎ美を未来に引き継ぐ クリスティーズの流儀クリスティーズ ジャパン社長 山口桂氏

「モノを観る眼は人を見る目」
日常的にアートに触れれば
本物を見抜く力が磨かれる

――クリスティーズはロンドン、NY、香港でメインセールを行っています。オークション界における日本の存在感はいかがですか?

残念ながら、日本の存在感は極めて薄いのが実情です。バブル崩壊以降はひたすら売り手市場で、それも今は落ち着いてしまった。

アジアではやはり中国が突出しています。日本の何倍もの市場規模がある。アートを買う人の動機は大きく2種類で、好きで買うか、投資で買うか。日本はZOZOの創業者の前澤友作さんのように好きで買う人が多いですが、中国は圧倒的に投資派が多い印象です。

開催地ごとの特徴もあります。香港でよく売れる作家は、ストリート系というか、ポップで分かりやすく、グラフィックな感じのアーティストが人気です。日本の人気作家、奈良美智さんの絵の最高落札価格が出たのは、香港で開催されたオークションでした。

19年5月にNYで開催されたクリスティーズのオークション。ジェフ・クーンズの作品が存命作家で最高額の100億円で落札された (c) Christie's Images Limited 2020
18年5月にNYで行われたデービッド・ロックフェラーのチャリティーオークション。個人コレクション、慈善オークションとして史上最高の落札総額8億3257万ドル(約908億円)を達成。 (c) Christie's Images Limited 2020

――日本法人のトップとして、沈む国内マーケットをどう活性化させていきますか?

まずは新しいコレクターを開拓し、地道に買い手を増やしていきたいと思っています。もう一つは草の根的ですが、日常的にアートに触れることの大切さを広めていきたい。そもそも日本人は、茶わんや屏風など、日常の中にあるものに美を見いだし、愛でてきました。その文化が、暮らしの西洋化とともに消えていってしまった。

「日常にアートを」といっても、いきなり高いものを買う必要はありません。蚤の市に出掛けて気に入った花瓶を1つ買い、花を1輪挿してみる――そんな身近なところから美を取り入れてほしいですね。

――アートのある暮らしは、何をもたらしてくれるのでしょうか。

「人を見る眼はモノを観る眼、モノを観る眼は人を見る目」とは駆け出しの頃の師匠がよく口にしていた言葉ですが、アートに触れることで、物事の真贋(しんがん)を見抜く力が磨かれると思います。最近は「ビジネスにアートを生かす」といったことがいわれますが、僕に言わせるとそれは違う。まずはアートを純粋に楽しみ、自分の感性や美意識を磨くことが重要です。そうすることで、本物を見抜く力が磨かれ、アートが持っている人と人をつなげる力や人を動かす力を生かせるようになる。それが結果的に人生や仕事を豊かにすることにつながると思うのです。

プライス氏の若冲も、前澤さんのバスキアもそうですが、アートを楽しむ上で一番大切なのは、「誰が何と言おうと自分はこれが好き」というものを持つことだと思います。アートでも生き方でも、「これがいい」と思えるものを見定めたり、価値を判断したりできるのは、自分自身だけなのですから。

『美意識の値段』
山口 桂著/840円(税別)/集英社
世界2大オークションハウスの一つ、クリスティーズに1992年に入社し長年にわたり日本美術と東洋美術のスペシャリストとして活躍してきた著者。超一流の美術品の価値を査定し、売り手と買い手をつないできた貴重な経験を振り返りながら、オークションの舞台裏やセールでの駆け引き、真贋を巡るドラマや忘れられない作品との出合いなどをユーモアと臨場感たっぷりに紹介。アートと日常的に触れることで、美意識や本物を見抜く力を磨くことができると説く。
やまぐち・かつら
1963年東京都生まれ。広告会社を経て92年、英国に本社がある美術品オークションハウス、クリスティーズに入社。米NYなどで日本美術、東洋美術のスペシャリストとして活躍。2008年の「伝運慶作 木造大日如来坐像」や、17年藤田美術館コレクションなどのオークションを担当。19年にはプライス・コレクションの出光美術館へのプライベートセールを手掛けるなど、多くの実績を残す。18年から日本法人社長。京都造形芸術大学客員教授も務める。著書に『美意識の値段』(集英社)。

撮影/福知彰子 取材・文/佐藤珠希

[日経マネー2020年5月号の記事を再構成]

美意識の値段 (集英社新書)

著者 : 山口 桂
出版 : 集英社
価格 : ¥924 (税込み)

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