貴志祐介、初の独立短編集 恐怖で読者の心わしづかみ

爽やかで優しいが実はサイコパスだった高校教師を伊藤英明が演じた『悪の教典』など、映画化原作者としても大きな話題を呼ぶ貴志祐介。ホラー・SF・ミステリーの各分野で次々にヒットを生み出す貴志の最新刊『罪人の選択』は、デビュー前にSF雑誌に掲載された『夜の記憶』を収めた初の独立短編集だ。

きし・ゆうすけ 1959年、大阪市生まれ。京都大学経済学部卒業。86年に「凍った嘴(くちばし)」がハヤカワSFコンテスト佳作。96年に「十三番目の人格―ISOLA―」が日本ホラー小説大賞佳作となり作家デビュー。翌年に「黒い家」が同賞の大賞。同作をはじめ「青の炎」「悪の教典」「鍵のかかった部屋」「新世界より」など映像化作も多い。

『夜の記憶』は、共通点が見出せない2つのエピソードが一気に結びつく快感と、最後にパッと浮かび上がる真相が薄ら寒い読後感を与える。デビューの10年程前に書いたとは思えぬ完成度だ。

「『夜の記憶』は1987年発表なので、文章が今とは随分違うと感じつつもアイデアは自分らしい。残りの作品も2009年、12年、15年~17年と書いた時期がバラバラなので当時の思いがよぎりました」

「作家としての根っこは、SFとミステリーにあります。ただ、SFは科学的な設定を用いるというテーマ性、ホラーは読み手に恐怖感を与える読書感、ミステリーは物語を謎解きで進める書き方のそれぞれ異なる区分です。独立したジャンルですが、組み合わせて矛盾するものではありません。SFでありミステリーでありホラーでもある作品は成立します」

作風はジャンル分けしにくい面もあるが、共通するのは設定や展開に見られる発想の鋭さ、読み手を作品世界に引き込む語りの妙、無意識の奥に刺さり、ざらついた余韻を残す味わいだ。「描きたいのは“SENSE OF WONDER”なのかもしれません。驚異の感覚、と言えばいいでしょうか。驚異に似た身近な感覚で、読者の心をわしづかみにできるのが“恐怖”なんです」

「罪人の選択」 戦後まもなく、1964年のオリンピックイヤー、そしてロンドンオリンピック開催の年という3つの時を交錯させながら、生きるか死ぬかの選択に迫られた人物を描く表題作など4編を収めた短編集。文芸春秋/税別1600円

デビュー前から現在までアイデアを常に書き溜めている。生涯で書き切れないほどのアイデアが既にあるそうだ。アイデア同士が合体して、物語の種となることがある。また、大きな社会的な出来事が、創作の種を生み出すこともある。

「今回のコロナウイルスもそうです。数週間で社会が大きく変化し『変わらない日常』という盤石な感覚がいとも簡単に覆されてしまいました。私にとっては、阪神・淡路大震災も大きかったです。被災したことで、公に対する不信感を覚えると同時に、日々のなかで築いてきたコミュニティや人間関係の力を体感しました」

リアルな感覚が練り込まれるからこそ、貴志作品はジャンルによらず幅広い層に受け入れられているのだろう。だが、そのこだわりは、意外な弊害も生んでいた。

「連載が終わって本になっていない作品がたくさんあります。このままでは本として出せないという思いが、それぞれの作品にあるのです。これは大きく改稿しないことには出せないな、とか……」

それでも年内にあと2作は出したいと、照れくさそうに笑った。

(日経エンタテインメント!5月号の記事を再構成 文/土田みき 写真提供/文芸春秋)

[日経MJ2020年5月1日付]

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