追悼・舞台を愛された岡江久美子さん(井上芳雄)
第67回
井上芳雄です。緊急事態宣言が全国に拡大されてから3週目に入りました。僕も自宅でずっと過ごしています。4月23日には、岡江久美子さんが新型コロナウイルスによる肺炎でお亡くなりになりました。岡江さんは舞台が大好きで、とてもエネルギッシュ。いつも元気な方だったので、あまりに突然の訃報が残念でなりません。
前回の連載から2週間がたちました。最近の生活を振り返ると、僕はずっと自宅にいます。自分のラジオ番組『井上芳雄 by MYSELF』(TBSラジオ)もやはり自宅で録(と)っているのですが、4月26日の放送はピアニストの大貫祐一郎さんとスカイプで話して、大貫さんの演奏をバックに歌いました。生放送ではないものの、テレワーク収録もけっこういけるという感触でした。テレビの旅番組『美しい日本に出会う旅』(BS-TBS)のナレーションもあったのですが、こちらは自宅ではできなかったので、やむを得ずスタジオに行きました。いつもはサブスタジオでスタッフの方と対面で打ち合わせてから録音ブースに入るのですが、先日は録音ブースに直行。打ち合わせは鏡越しで、収録後はそのまま帰ったので、誰とも会いませんでした。最近の仕事は、そんな感じです。
家に居ると、子どもがまだ小さかったりするので、あっという間に1日が終わります。自分と対話する時間があまりないので、5分だけでもそういう機会をつくろうと、瞑想(めいそう)を始めました。夕陽を浴びて、座禅を組むみたいな感じで目をつぶって、CDの波の音を聴きながら、できる限り今に集中する。終わったあとで、今日は何を考えたのかを、みんなで話したりします。そんなふうに夕方は瞑想をして、午前はオンラインでバレエのバーレッスンをみんなでするのが日課になりました。毎日決まってやることがあったほうが1日のリズムをつくりやすくて、過ごしやすくなるような気がします。
俳優の仲間とは、よく連絡をとるようになりました。先日は、堂本光一君、上白石萌音さん、岸祐二さんらミュージカル『ナイツ・テイル-騎士物語-』で共演した人たちとオンライン飲み会をやりました。僕はオンライン飲み会は初めてだったのですが、楽しかったですね。普通に会って飲んだみたいな後味というか、次の朝起きると、昨晩実際に会っていたような記憶が残っていました。対面よりちょっと声を張るぶんエネルギーを使ったり、話の入り方に戸惑ったりもしましたが、飲んだり食べたりするペースがそれぞれ自由なのはいいし、オンライン飲みも全然ありだなと。もちろん今の状況だから、楽しめるという面もあるのでしょうけど。真剣なことも、冗談を言ったりも、お互い話したいことがいっぱいありますからね。
演劇界はというと、自粛は続いていますが、状況は少しずつ変わっています。年内の公演は中止が増えているし、再開できる時期の見通しがどんどん後ろになっている感じがします。だからこそ、何かしなきゃいけないという思いがみんなにあります。例えば、オンラインで有料の朗読劇をやるといった動きもあるようです。今は演劇の配信は無料が多いのですが、この状況が長く続くなら、いつまでも全部が無料というわけにもいかないでしょうから。今後はオンラインで本格的な演劇をつくるケースも出てきそうです。
舞台の制作会社は、どこも本当に大変です。中止になった公演のスタッフや役者への補償も一生懸命なんとかしようと考えてくれています。その一助になるような、新しい動きも出てきました。「新型コロナウイルス感染症被害対策:舞台芸術を未来に繋ぐ基金=Mirai Performing Arts Fund」というプロジェクトのクラウドファンディングが4月28日から始まりました。8月25日までに1億円を目標に寄付を募って、公益基金を立ち上げ、活動停止を余儀なくされた舞台関係者や団体などに必要な資金を助成しようとするものです。僕も賛同人に加わりました。4日間で1300万円を超える寄付が集まっています。新型コロナが収束した先を見据えた動きも、演劇界では始まっています。
岡江さんの『はなまる』手料理
4月23日にはショッキングな出来事がありました。岡江さんが新型コロナによる肺炎でお亡くなりになったのです。岡江さんとは家族ぐるみのつきあいで、親しくさせていただいていたので、急な訃報に驚き、その日はなにも手につきませんでした。
岡江さんは、舞台をとても愛されていました。ミュージカルも大好きで、僕の舞台もよく見に来てくれました。今年1月に公演したミュージカル『シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ』も「すごく良かった。感動した」と言っていただきました。いつもと変わらない元気そうなお姿で、乳がんの手術を受けられたのも知りませんでした。
娘さんの大和田美帆さんとは、ミュージカルの『ファンタスティックス』や『シェルブールの雨傘』、井上ひさしさん戯曲の『イーハトーボの劇列車』の舞台で共演しました。美帆さんが舞台を好きなのは、岡江さんの影響だと思います。『ファンタスティックス』のカンパニーは今でもすごく仲がいいのですが、美帆さんのお宅にみんなを呼んでいただいたことがあります。岡江さんが「『はなまる』で昨日特集した料理なんだけど」と言って、ぱぱっと手際よく料理を作ってくれて、とてもおいしかったのをよく覚えています。
岡江さんは、おおらかで、表裏がなくて、とにかくエネルギッシュな方。朝の情報番組『はなまるマーケット』のMCをしているときも、前の晩にけっこう遅くまでみんなで一緒に飲んでいたのですが、朝テレビをつけたら平気な顔をして出ていました。そんな元気印だった岡江さんだけに、まさか、という思いです。新型コロナの怖さをあらためて実感したし、残念でなりません。まだ信じられないし、つらいです。心よりご冥福をお祈りいたします。
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第68回は2020年5月16日(土)の予定です。
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