医療従事者を最優先で守る 米国のコロナ対策最新事情
新型コロナウイルスの被害が世界で最も深刻な米国でも、医療崩壊を防ぎながら流行の抑え込みに成功しつつある都市もある。米疾病対策センター(CDC)のお膝元、ジョージア州アトランタ市もその一つ。同市の大学病院で働く救急医への取材をもとに、医療従事者の感染防御策や市民の備えを報告する。
ジョンズホプキンズ大の集計では、同州の5月1日時点の感染者は約2万6千人、死者は約1100人に上る。人口当たりの死者は米国平均の5割強にとどまる。ワシントン大は同州の患者数のピークは4月28日と推定。その際でも利用可能な集中治療室(ICU)のベッド数に対し、患者数は約74%の水準に押しとどめられる見込みだ。
アトランタのエモリー大病院救急救命科で働く中嶋優子助教授によると、一時は50人超の重症の感染者をICUで受け入れた。これまで約120人の救急スタッフから1人の感染者が出たが、院外での感染の可能性が高い。その濃厚接触者として隔離を命じられたスタッフもおらず、院内感染対策が機能したことがうかがえる。
院内感染の原因の多くは、マスクなど感染防護具を外す際に外側の汚染面を触るなどの単純なヒューマンエラーだ。過度の負担やストレスが通常なら犯さないミスにつながる。院内感染が広がれば、診療は機能停止。一般診療にも支障を来し、周辺病院の負荷も高まる負のループを招く。日本でも「医療崩壊」として懸念される事態だ。
同病院では、流行の影響で患者が減った他科から応援人員も得て、流行開始後も救急スタッフは平時の労働時間を維持した。中嶋助教授は「心身に余裕を持てている。医療従事者が自己犠牲の精神で働くと医療崩壊は早まる」と指摘する。こうした考えはアトランタに本部がある米CDCが強調。日常的にCDCからの指導を受ける市内の病院に浸透しているという。
新型コロナの感染対策の基本は医療用マスク、ガウン、ゴーグル、手袋の装着。「たとえ患者が心肺停止の状況に陥っていても、防護具の装着手順を徹底する」と中嶋助教授は語る。
救急隊は患者の搬入時、呼吸を補助するマスクの装着などウイルスを含む微粒子が飛散するリスクがある処置は避ける。やむを得ない場合も、院内に入る前に極力一度外す。医療スタッフの安全を最優先にする。
医療従事者の負担軽減とベッド確保のため、患者が入院が必要かの見極めも厳格だ。病院入り口の仮設テントで看護師が血圧、脈拍、体温、呼吸数などを計測。既往症の有無と合わせ一定基準に達した人のみ、院内で医師の診察を受ける。
医師は歩行や会話、飲食が可能かなど病状をさらに慎重に見極める。中嶋助教授は「新型コロナの患者には原則、対症療法しかできない。酸素投与や点滴の必要がなく、全体像で大きな問題がなければ帰宅してもらう」と説明する。ウイルス検査の対象も原則、入院対象者に限定している。
感染対策には市民の協力も欠かせない。自宅で療養する人が自主管理できなければ、家庭内などで感染はさらに広がり、症状が悪化したときの対応も遅れる。
同病院は新型コロナ患者の症状や検査の有無に応じて4種類の「帰宅指示書」を配布する。例えば検査の結果を待つ人には家族と1.8メートルの距離を保つことや、食器やタオルを共有しないことなどを求めている。
市民も自己の体調管理を徹底。体温の測定だけでなく、血液の中の酸素量や脈拍を計る機器で、細かく症状の経過を記録するよう促され、こうした習慣が徐々に浸透しつつあるという。
4月初旬にCDCが「口を布で覆うこと」を推奨した際も、協力する市民は一気に増えた。米国には元来マスクの着用習慣がないが「アトランタでは7割程度がバンダナやハンカチをつけている」(中嶋助教授)。医療用マスクは利用しないため、医療機関のマスク不足にはつながらない。
日本救急医学会は4月、こうしたエモリー大病院の取り組みを紹介する中嶋助教授のリポートをホームページに掲載。日本と米国で医療制度の違いは多いものの、同学会の嶋津岳士代表理事は「医療資源を有効に利用するための工夫や制度整備が日本にも参考になる」としている。
防護具の調達困難続く 偏見や差別、負の連鎖生む
日本国内では医療従事者の感染が相次ぐ。新型コロナウイルスとは直接関係の無い診療科での感染も多い。日本感染症学会の舘田一博理事長(東邦大教授)は「標準的な予防策に加え、アルコール消毒など飛沫・接触感染の防止、近距離の会話でのマスク着用を守れば感染は防げるはずだ」と基本徹底を呼びかける。
最低限必要なのはマスクなど感染防護具の確保だ。調達が難しい状況が続くが、新たに製造に乗り出す異業種メーカーも増えつつある。本来使い捨てが基本だが、消毒して再利用できるケースもある。感染症が専門ではない医師らが応援で新型コロナ診療に従事する際は、防護具の取り扱いを研修することも重要だ。
一方で「誰もミスをしないという前提に立ってはいけない」(舘田理事長)。ゼロリスクを期待すると、院内感染を起こした医療従事者への批判につながりかねない。危険と隣り合わせの医療現場にさらなるストレスを与える。
医療従事者や家族に対する不当な扱いなど偏見や差別も課題だ。離職やミスなど負の連鎖を生む懸念があるためだ。政府の専門家会議は「偏見や差別が更に病気の人を生み出し、感染を拡大させる」と警鐘を鳴らしている。
(寺岡篤志)
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。