ブラジル人の幸福感が高い理由

普段の授業も日本とは大きく違った。日本の授業では、黒板を背にした先生が一方的に話すのを生徒が「聞く」という形式が一般的だが、ブラジルでは違う。生徒と先生が対等に「議論する場」と位置付けられていた。

「ブラジルの生活で一番感じたのは、ブラジル人の自己表現力の高さでした。そして、それこそが、彼らの幸福感の理由だというのが、僕が得た結論です。自分を思い切り表現できているから楽しいんです。カーニバルで踊るのも歌うのも自己表現ですが、それだけじゃない。家庭の中でも親子はとことん話し、学校でも職場でも皆、自分の考えをしっかり他者に伝えます」

「思っていることがあっても、あまり口に出さないという、日本の価値観とは正反対でした。もちろん歴史や伝統、文化の違いがあるので、単純にまねすればいいというものではありません。ただ、日本人がこれから国際社会に出ていくためには、ブラジル人の自己表現力に学ぶところがあると感じました」

ブラジルの教育は、必ずしも国際的に高い評価を得ているわけではない。経済協力開発機構(OECD)が各国・地域の15歳を対象に実施している学習到達度調査(PISA)でも、基礎学力は日本を大きく下回り、大学進学率も低い。背景にあるのは、せっかく自己表現力があっても、貧困で学習習慣や基礎学力を身につけることができないためにまともな仕事につけず、また貧困に陥るという負の連鎖だ。

しかし、稲田氏はブラジルに滞在中、教育現場で起きている大きな変化も目の当たりにした。それはテクノロジーの積極的な活用だ。郊外の公立高校でも、先生はタブレットを使って生徒のスマートフォンに宿題を配信し、生徒はスマホ上で回答を提出していた。「このテクノロジーを使い始めてから、授業の効率が上がったし、生徒も教師もモチベーションが上がっている」。先生はそう興奮気味に語っていた。

日本はといえば、授業でデジタル機器を使う頻度はOECD加盟国で最低水準。勉強は紙と鉛筆でするものであり、スマホを学校に持ち込むなどもってのほかという考えが根強かった。「ICT(情報通信技術)教育」も掛け声は聞かれていたものの、せいぜい電子黒板を使うか、一部のオンラインコンテンツを使う程度しか行われておらず、学校のWi-Fi環境の整備も進んでいなかった。

日本では先生も生徒も忙しすぎると、稲田氏はみる

「次に僕がやりたいのは教育だと腹が固まりました。日本の子供たちは基礎学力は高いけれども、自己表現力を身につけられていない。一方、ブラジルでは子供たちは自己表現力は豊かなのに、基礎学力がおぼつかない。日本では『学力』か『生きる力』かといった議論がありましたが、21世紀を生きる子供たちには、両方が必要なんです。特に日本で問題なのは先生も生徒も忙しく、時間が足りないこと。テクノロジーを活用して基礎学力の習得時間を大幅に短縮すれば、二兎(にと)を追うことは可能だと考えました」

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