日経ナショナル ジオグラフィック社

この女性は、1930年代に夏の農場に住んでいたことがあり、彼女の家では硬いビャクシンの木から作ったハミを使っていたと語った。それは、11世紀の遺物とほぼ同じに見えたという。さらに、1000年前のハミも、ビャクシン製であることがわかった。

また、レンブレーン峠は、農家が季節毎に牧草地を行き来するための、単なる地元の通り道ではなかったようだ。ピロ氏らの研究チームは、石を積み上げたケルンをいくつも発見した。ケルンは、この地域に不慣れな人でも峠を見つけられるよう、スカンジナビア半島のあちこちを移動する長旅における道標となるよう作られたものだ。

2019年に撮影されたノルウェーのレンブレーン氷原。氷が解け、何世紀も前にこの地域を通った旅人たちが残した馬の糞が現れた(PHOTOGRAPH BY ESPEN FINSTAD, SECRETS OF THE ICE)

蹄鉄や馬用のかんじきに加えて、ケルンまで発見された事実は、この氷原がおよそ1000年の間、人通りの多い旅の「動脈」として利用されていたことの「非常に説得力のある」証拠だとピロ氏は言う。このような峠が北欧で見つかったのは、このノルウェーの遺跡が初めてのことだ。

スイスのベルン大学の氷河考古学者アルバート・ハフナー氏も、この意見に同意する。なお、同氏は今回の研究には関わっていない。「論拠は極めて明確だと思います」とハフナー氏。同氏は2003年、スイスアルプスのシュニデヨッホ氷原で、紀元前4800年までさかのぼる遺物を何百個も発見した。シュニデヨッホも山道として使われていた。「似たような遺跡がスカンジナビアにもあるとは、非常に興味深いです」と同氏は話す。

遺物を保管してきた氷が解けている

今回の論文は、2015年までに発見された遺物に焦点を当てており、さらに数百の遺物に関して、これから年代測定と科学的な説明が行われる。また、なぜ峠が旅人に放棄されたのかという疑問は残る。「黒死病のパンデミックの前には、すでに衰退が始まっていました。しかし、それをうまく説明できないのです」とピロ氏は話す。峠の最盛期は、この地域で交易が増え、都市化が進んだ時期と一致する。峠が栄えていたということは、山々を迅速に通り抜ける必要があったということだ。

ピロ氏は、レンブレーン峠での調査を2019年に終え、現在、ノルウェー中の氷原が大規模に融解するなかであらわになりつつある他の遺物を探している。遺物は、「基本的には、先史時代の巨大な冷凍庫に保管されています」と同氏は話す。「経年劣化することがないのです。時々、氷はタイムマシンだと冗談で言いますが、単なる冗談ではありません。氷は、遺物を現代に送り届けてくれます」

しかしながら、その遺物を受け取るためには、氷が解けなければならない。気候変動や夏の酷暑に直面し、ノルウェーの雪氷圏がすでに消えつつあることを考えると、奇跡のような発見があっても、その度にほろ苦い気持ちになる。

「研究の際は作業に集中しようとしていますが、こうした遺物が次々に見つかるのです」とピロ氏は語る。「不吉な予感を覚えずにはいられません」

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