とはいえ二十歳そこそこで、音楽とはなんぞやということがそうそう分かるはずもありません。それでも毎日必死で楽譜や本に向かう中、あるとき図書館で出合ったのが、作曲家・三善晃さん(1933~2013)の『遠方より無へ』というエッセーでした。

こんなことを言うのは大変恐れ多いのですが、三善さんも私と同じ壁に向き合っていると感じました。音楽とは何かという問いもそうですし、クラシック音楽というものは、西洋において400年以上の歴史を通って普遍的な価値を持つに至り、その間にはさまざまな宗教戦争や民族戦争で多くの血が流れてきました。対して日本ではそうしたプロセスは一切なく、ある日突然キリスト教世界の音楽が入ってきた。つまり、受容の仕方が全く違うわけです。日本人である三善さんが、西洋で生まれた音楽の書法を使ってどう音をつづるのか、なぜつづるのか。そうしたことへの葛藤が本には書かれていました。私がずっと追い求めていたものに出合えた気がして、魂が震えました。

音楽を支える人になりたいのに…就職試験に全敗

一方で私は卒業したら一般企業に就職するつもりでいました。わが家は母もバリバリのキャリアウーマンで、年子の弟も一足早く大企業に就職。一人だけ優雅にピアノや音楽の勉強を続けていくなんてありえません。それに私は、大企業で働いてたくさんお金をためて、音楽のために寄付したいと思っていました。アメリカのカーネギーホールを造った実業家のカーネギーさんのように、素晴らしい音楽を支える側、パトロンになりたかったんです(笑)。

ところが就職活動では、ありとあらゆる企業を受けてことごとくすべってしまった。そんな大学4年生のとき、尊敬する三善晃さんが、芸術顧問を務める新潟県の長岡リリックホールで「三善晃 響き合うピアノ」というプロデュース公演をやることを知りました。オーディションに合格すると三善さんのレッスンを受けられて、さらに公演にも出演できるというもの。「これに合格したら、きっともう1年ピアノの勉強をしなさいと神様が言ってくれているんだ」と思って、挑戦することにしました。

「三善晃さんの公演オーディションに合格したら、『もう1年勉強しなさいということなんだ』と自分に言い聞かせて、挑戦することにしました」
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理屈抜きで心引かれるドビュッシーの旋律