日経ナショナル ジオグラフィック社

人の活動は明らかに減少していると科学者たちは指摘しているが、ルコック氏によれば、地震データだけから社会的距離戦略の効果を測ることは難しいという。人口密度や産業活動など、多くの要素に左右されるためだ。地震計が都市のどこに設置されているかさえ、振動の度合いに影響を及ぼすことがある。ブリュッセルでは、COVID-19が到来して以降、振動が平均より30~50%ほど減少している。クリスマス休暇中とほぼ同じだ。ネパールの一部の都市では、振動が80%も減少している。

好奇心から始まった観察だが、地震学の研究に役立つ可能性もある。米カリフォルニア工科大学の博士課程で環境地震学の研究に取り組むセレステ・ラベズ氏は「背景雑音が減少した状態は、静かな部屋にいるようなものです」と説明する。「つまり、より多くの音が聞こえるということです」

自主隔離による静寂のおかげで、これまで見逃していた微弱な地震や遠くの地震も検知できるようになる。川の流れる音をはじめ、地球のざわめきを研究する機会が生まれる可能性もある。ラベズ氏によれば、川の流れは人の活動と周波数帯域がよく似ているという。

ある研究チームは、米カリフォルニア州パロアルトの地下に敷かれた光ファイバー網で地震ノイズを記録することで、振動をより細かく分析している。光ファイバー網は地震計による1地点の計測と異なり、何百カ所もの騒音を計測できると、米スタンフォード大学の地震学者ネイト・リンジー氏は言う。

初期の分析結果も出ている。高速道路の交通量が減少しても、病院の近くには騒音が残っていた。光ファイバー網のデータは精度が高いため、車が一台通り過ぎる様子さえキャッチできる。リンジー氏と一緒に研究を行う同僚のスーユアン・ユアン氏は、これほど細かく交通を調べることができれば、将来、危機に直面した際、当局が人々の動きを管理するのに役立つかもしれないと述べている。

ロックダウンは自宅待機命令、移動制限、必要不可欠でない事業の停止、全国規模の都市封鎖を含む(TAYLOR MAGGIACOMO AND MAYA WEI-HAAS, NG STAFF, SOURCES: THOMAS LECOCQ, ROYAL OBSERVATORY OF BELGIUM; RAPHAEL DE PLAEN, NATIONAL AUTONOMOUS UNIVERSITY OF MEXICO; SHIBA SUBEDI, UNIVERSITY OF LAUSANNE; JORDI DIAZ, SPANISH NATIONAL SCIENCE COUNCIL; CELESTE LABEDZ, CALIFORNIA INSTITUTE OF TECHNOLOGY; FLAVIO CANNAVO, INGV OSSERVATORIO ETNEO (ITALY); ANDREA CANNATA, UNIVERSITY OF CATANIA (ITALY); AND KOEN VAN NOTEN, ROYAL OBSERVATORY OF BELGIUM)

ルコック氏は大量の地震データを論文にまとめるため、20年4月1日に研究者の募集を開始。わずか2日足らずで、26人のボランティアが集まった。研究の目的は社会的距離戦略の効果を検証することではない。前例のない地球規模の静寂を多くの科学者に分析してもらうことだ。

地震学者たちにとっては、この研究はパンデミックの不安を忘れるための良い気晴らしになっている。「私たちは皆、心の中に大きな不安を抱えています。そのため、自分の専門知識を生かし、何かができるというのは素晴らしいことです」とラベズ氏は語る。「私たちは今、前向きかつ有益な方法で忙しくしています」

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