ミラノの現実 外出できない街で家にとどまる人々

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

イタリア、ミラノで隔離生活を送るグレタ・タニーニさんとクリストフォロ・リッピさん。タニーニさんはオンラインの授業を取り、リッピさんは美術の卒業制作に取り組んでいる。ふたりは普段は別々に暮らしているが、外出禁止令が出されて以来タニーニさんの家で生活している(PHOTOGRAPH BY GABRIELE GALIMBERTI, NATIONAL GEOGRAPHIC)

緊急事態宣言の拡大で、全国で外出自粛を余儀なくされるゴールデンウィークとなっている。日本から先立つこと2020年2月23日、外出禁止令のもとで封鎖されたのがイタリア、ミラノだ。ナショジオのライターと写真家が、封鎖されて間もない現地で実際に見たさまをリポートする。

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熱が出た。

微熱だが、ずっと続いている。体温は、午後になると上がる。朝はそれほど高くないのに、体が激しく震える。悪寒がするし、筋肉も痛む。いやな空咳も出る。そして、疲労感。

写真家のガブリエル・ガリンベルティ氏と私(ライターのジア・スカンカレーロ氏)は過去数週間、昼夜を問わず働き続けた。2月後半、イタリアで新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者が爆発的に増加して以来、感染の震源地となっているロンバルディア州の州都ミラノで、遺体安置所や病院を訪れ、一日一日の様子を記録し続けた。ここで何が起こっているかを世界に知ってもらいたかったのだ。

発熱した筆者のジア・スカンカレーロ氏と、カメラを構えるガブリエル・ガリンベルティ氏。食料品の入った袋をスカンカレーロ氏の家の玄関に置いた後、この写真を撮影した(PHOTOGRAPH BY GABRIELE GALIMBERTI, NATIONAL GEOGRAPHIC)

ウイルス学者、病院の広報担当者、中国人ビジネスマン、墓地の管理人に話を聞いた。道路で消毒作業をしていた町の職員にも会った。ウイルスの取材をするからには、自分の感染を防ぎ、他の人へもうつさないよう注意しなければならない。そこで、人に会う際にはマスクをして適度な距離を置いた。頻繁に手指を消毒し、可能な時には手洗いを心掛けた。

「社会的距離」による影響を中心に取材しようと決めてからは、ガリンベルティ氏は自宅のなかにいる人々を外から撮影し、その後私が電話でインタビューするという形を取った。こうすることによって、制限を受けているなかで活動しながら、ウイルスの拡大を防げるはずだった。

わずか1カ月で、ロンバルディアの感染者数は国内最多となった。外出が厳しく制限されても、感染拡大は止まらなかった。病院の集中治療室では、ベッドと人工呼吸器が不足し、医師が感染し、マスクも消毒液もなくなった。3月19日、イタリアの死者数は3405人に達し、中国を超えて世界一になった。3月23日の時点で、ロンバルディアでのCOVID-19による死者は3776人となり、その数は増え続けている。

2020年2月23日にミラノが封鎖されたときは、「休暇をもらった気分でした」と話すアーティストのダニエル・ヴェロネシさんは、同じくアーティストのアナ・モストシさんと一緒に、倉庫を改装した家に住んでいる。ところが、日が経つにつれて「だんだん不安になってきました」と語る(PHOTOGRAPH BY GABRIELE GALIMBERTI, NATIONAL GEOGRAPHIC)

私の疲労は、限界に達していた。いつもの過労や睡眠不足によるものとはまるで違う。インタビューしている間も、立っていられないほどだった。砂糖が必要だと思い、スーパーに行ってチョコレートを買った。

これはきっと、コロナウイルスの症状だ。何度も聞いているから間違いない。2月21日にイタリアで危機が始まって以来、医師たちは繰り返しCOVID-19の症状を説明してきた。その2日後に、ミラノは封鎖された。その日は私の40回目の誕生日だったが、まさか感染者数と死者数を数えながら誕生日を過ごすとは、夢にも思わなかった。だが、数えないわけにはいかない。来る日も来る日も、夜になると数を数える。家族や友人たちのことも気がかりだ。

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