「人生で一番長い休み」になって思うこと(井上芳雄)第66回

日経エンタテインメント!

今は自分の命を守り、相手の命を守ることが一番大事ですから、公演中止については俳優も納得していると思います。そのうえで、いろんな思いがあるでしょう。仲間と連絡を取りあうと、話題になるのはまず残念、無念ということ。そして収入のことです。向こう数カ月の収入を見込んでいた舞台がなくなって、どこまで補償されるのかという話にやっぱりなります。特に若手の役者だったりスタッフだったり、立場が弱いほど死活問題です。宅配のバイトを始めたという仲間もいます。もちろん何とかして生きていかないといけないというのは、演劇だけではなくて、どこの業界も同じでしょう。僕も毎朝起きたら、これは夢かなと思うんです。悪夢を見ているみたいな。それくらい足元が揺らいでいるというか、弱い立場の仕事だったんだなと。

もちろん仲間とは、収束したらあんなことをやろう、こんなことをやろうと前向きな話もしています。先の見通しが立たないまでも、準備だけはしておこうと動いている人たちもたくさんいます。また無駄になる可能性もあるけど、今はみんなで励まし合って、できることは何でもやろう、やりたいという気持ちです。

僕は、この1~2年はとにかく忙しくて休みがなかったのですが、急に人生で一番長い休みになりました。毎週のラジオの収録も、今は自宅で音声を録(と)っています。これまでは子供の成長を見守りたいのだけど、なかなか一緒にいられないというジレンマがあったのですが、今は1日中家族と一緒にいられるので、それはうれしいこと。いつ仕事が再開してもいいように、家の中でみんなで歌ったりとか、踊ったりとか、できることはしています。

ただ、それも何カ月も続いたらどうなのか。見えない不安というか、新型コロナ自体が見えないし、演劇界やエンタテインメント界の先も見えないので。「世の中が平和じゃないと、エンタテインメントは生まれない」という森光子さんの言葉の意味を今、重く受け止めています。

井上芳雄
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第67回は2020年5月2日(土)の予定です。


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