4年ぶり「iPhone SE」投入にみるアップル苦渋の選択
佐野正弘のモバイル最前線
iPhoneシリーズの中でもコンパクトかつ低価格なことで根強い人気を獲得してきた「iPhone SE」。アップルがそのiPhone SEの4年ぶりとなる新機種を、2020年4月15日(米国時間)に発表したことが大きな話題となっている。
新しいiPhone SEを一言で表すならば、「iPhone 11」の性能を備えた「iPhone 8」ということになるだろう。実際、新iPhone SEは4.7インチのディスプレーを備え、外観やサイズはiPhone 8を完全に踏襲。生体認証にも顔認証の「Face ID」ではなく指紋認証の「Touch ID」を採用するなど、色の違いを考慮しなければ、見た目はiPhone 8とほぼ変わらない。
だが性能面は大きく進化している。実際、iPhone 8のチップセットは2世代前の「A11 Bionic」だったが、新iPhone SEはiPhone 11など同じ最新の「A13 Bionic」を採用。加えて通常のSIMだけでなく、SIMの機能を本体に組み込んだeSIMも搭載するなど最近のiPhoneで一般的となりつつある機能・性能を積極的に取り入れている。
そして何より大きいのは価格だ。新iPhone SEの価格は、ストレージが64ギガ(ギガは10億)バイト(GB)のモデルで4万4800円、128GBで4万9800円、256GBのモデルでも6万800円。1つ上のクラスとなるiPhone 11の価格はアップルのオンラインストアで確認すると、最も安いストレージが64GBのモデルで7万4800円。このことからも新iPhone SEの価格がいかに安いかが理解できるだろう。
初代iPhone SEも、当時旧機種となっていた「iPhone 5S」のボディーをほぼそのまま採用しながら、「iPhone 6S」で採用されていたチップセット「A9」を搭載するなど高性能化を図って低価格で提供していた。このことから、新iPhone SEのスペックはある意味順当といえるだろう。
多くの人が疑問を抱くのは、なぜアップルは4年間新機種を投入してこなかったiPhone SEを、突然復活させたのかということだ。
そこにはアップルのここ最近の戦略転換が大きく影響していると筆者は考える。というのもアップルはiPhone 8を投入した17年に、現在のiPhone 11シリーズの基礎となる「iPhone X」を投入して以降、販売台数を追うよりも、高額・高付加価値化戦略を進め、利益を追求する方向へと大転換を図っていた。実際、翌18年に発売した「iPhone XS」「iPhone XS Max」は、最も安いモデルでも10万円を超え、大きな驚きをもたらした。
だが、この戦略転換で高くなったiPhoneに不満を抱く消費者も多く、一部顧客のiPhone離れを招いていた。そこでアップルは再びiPhone SEを投入して、低価格を求める顧客を取り戻す戦略に出たのだろう。
日本では19年10月に電気通信事業法が改正されたことで、これまでiPhone販売増に貢献していた、携帯電話会社によるスマートフォンの大幅値引きが難しくなった。それだけに4万円台から購入でき、性能面では最先端となる新iPhone SEの登場は、低価格を求める顧客にとって福音となることは間違いなく、アップルのシェア維持や拡大に大きく貢献する可能性は高い。
一方で、アップルにとって低価格モデルの販売拡大は利益が減る要因にもなる。新iPhone SEの投入は痛しかゆしの選択ともいえそうだ。
福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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